ハンガリーの温泉: Lake Hévíz(ヘーヴィーズ湖)をのんびり泳ぐ雨の日

週末の度に雨が続くオーストリア。実際にこの7月は過去4番目にWetな(雨が多い)7月だったようです。雨が降るのは良いんだけど、あまりにも変わりやすくて予測が難しい。ウィーンが晴れでも山は雨はパターンが多く、登山チャンスに難儀しています。そんなある週末、ウィーンも含めたオーストリア全域が雨で何もアウトドア活動ができないということで、こんな時のためにとっておいたアイデアを実行することに。

それはハンガリーの湖の温泉。

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Budapestは夕暮れ時がオススメです

ウィーンを訪れてくださった恩師先生と一緒に、日曜日に電車でBudapestを訪れてきました。Budapestは、これで3回目。1回目はハンガリー人の先生の帰省に合わせて一泊。2回目、3回目の今回はウィーンからの日帰りです。

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Unforgettably高級観覧車

 

第三の男という大して面白くない気がするのですが(おっと失礼)、大変有名な映画があります。戦後すぐの空爆を受けたウィーンの姿がそのまま映像に残っているという意味で貴重です。ウィーンに来てすぐ、場所を想像しながら映像だけを追い見ました。その中で、最後の方に第三の男との対面シーンで出てくるプラター公園の大観覧車

wikipediaによると戦火に焼かれて客車の数を半分にして痛んだ筺体への負担を軽減した状態で、1897年に建設された当時の形のまま今も存在しているのだそうです。まさか当時のままと思っていませんでしたので驚きです。変わったのは周りの風景の方だったんですね。

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ところで、私の脳内では、「プラター」は「ひらパー」のCMの「ひーらぱー♪」で再生されています。

https://youtu.be/e8a3U4PAIhE

 

そんなプラターの観覧車ですが、中で食事ができると聞いたことがあって、以前から興味を持っていました。友人と一緒に観覧車で食事なんて面白いかも!と思って調べてみました。所詮、観覧車です。大した食事なんて出てこないだろうし、ちょっとくらい高くても、風景代だと思えば・・・ “Unforgettably高級観覧車” の続きを読む

ひどいくどいあまどい

 

まだまだプラハ自慢話をすると思うでしょう?いいえ。また雨どいの話をしてもいいですか?

ウィーンに来て真っ先に気になったのがこの記事で書いた雨どいのことです。ウィーンの建物には、雨どいがないのです。ない。本当にない。中心部であるリングの内側(ウィーン1区)ではまずもってなかなか見つからない。リングを出ても古い建物では決して見つからない。(新しい建物など、稀に出現はしますが、大多数についていないのです。)雨が降ると、「雨水の排水どうなってんの!!!」って、叫びたくなります。

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誰かウィーンで雨どい見つけて・・・

建物の上部(屋根の真下)に見えなくはないのですが、地上高まで降りてきている筒状のものがないのです。どうやって雨水は地上に至っているのか、私の中でウィーンの最大の謎です。気になって眠れないレベルです。

またどうでもいい事を言い始めたと思っているでしょう?聞こえてますよ。

実は、今回、プラハに行った目的の一つが、雨どいの確認だったんです。昨年末に、ブダペストは確認済みなのです。その結果をご報告したいと思います。

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ブダとペストのクリスマス

土曜日、Belgrade(ベオグラード, Beograd, Београд)行きの電車に乗って、ハンガリーの首都ブダペストに行きました。ウィーンから、電車で2.5時間、ちょっとした日帰り小旅行です。

はて、Belgrade、Beograd、ベオグラード…ってなんだったけ・・・遠い昔、子供の頃によく聞いた名前です。帰ってからWikipediaを見ると、そこは旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の首都でした。1990年代、小学生〜高校生だった頃にテレビで見た印象的な遠い国の出来事の一つが、ユーゴスラビアに関わる一連の紛争でした。現在のベオグラードは、セルビア共和国の首都です。Wikipediaに、ユーゴ紛争について非常に端的にまとめられていました。どのように変遷してきたかは、こちらの図が興味深いです。

1990年近くになると、ソ連国内においてはゴルバチョフ指導による民主化が進み、ルーマニアにおけるチャウシェスク処刑に代表される東欧民主化で東側世界に民主化が広がり共産主義が否定されると、ユーゴにおいても共産党による一党独裁を廃止して自由選挙を行うことを決定し、ユーゴを構成する各国ではチトー時代の体制からの脱却を開始する。また、各国ではスロボダン・ミロシェヴィッチ(セルビア)やフラニョ・トゥジマン(クロアチア)に代表されるような民族主義者が政権を握り始めていた。ユーゴの中心・セルビア共和国では大セルビア主義を掲げたスロボダン・ミロシェヴィッチが大統領となり、アルバニア系住民の多いコソボ社会主義自治州の併合を強行しようとすると、コソボは反発して1990年7月に独立を宣言し、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となった。

1991年6月に文化的・宗教的に西側に近いスロベニアが10日間の地上戦で独立を達成し(十日間戦争)、次いでマケドニア共和国が独立、ついで歴史を通じてセルビアと最も対立していたクロアチアが激しい戦争を経て独立した(クロアチア紛争)。ボスニア・ヘルツェゴビナ1992年に独立したが、国内のセルビア人がボスニアからの独立を目指して戦争を繰り返した(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争)。セルビア国内でもコソボ自治州が独立を目指したが、セルビアの軍事侵攻によって戦争となった(コソボ紛争)。その後、マケドニア国内に大量のコソボ地域のアルバニア系住民が難民として押し寄せてたことから、マケドニアにも飛び火した(マケドニア紛争)。

先週、東京に戻った帰りに羽田の書店でことりっぷ(オシャレ地球の歩き方とでも思ってください)を買ってきました。普段は、行き当たりばったりで何も調べずホテルすら直前まで取らずに旅に出てしまうのですが、時々、このような本も参考にします。今回、羽田で目についたので買ってきたのは、クロアチアでした。あの頃、憎しみあい、殺戮しあい、破壊しあった国々の一つが、今はもうことりっぷに取り上げられるほどの観光地になっているのだと思うと、ちょっと胸が熱くなりますが、Wikipediaのクロアチアのページにある「民族浄化の最も成功した例といえる。」の一言に、ぞっとしました。けれどもいつか、この本を片手に旅しなければと思います。

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