いつでもSTURM

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時間がないので、再び書き留めてある小ネタを放出する時がやってまいりました。

愛するSTURMがあったのは、9月〜10月の期間限定でした。スーパーで売っていることを知り、なくなりそうになったら何度も買い足し、発酵中に発生している炭酸で溢れぬよう大事に抱えて持ち帰りを繰り返しました。連れて行っていただいたあちこちのレストランでも飲みました。

そして、10月が終わり、街からすべてのSTURMが消えてしまった寂しさ。いつもそこにあったはずのSTURMの姿が見えなくなくなってしまった哀しみ。空洞です。でも、ゆら帝は嫌いです。

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ウィーンで迎える2019年

暖かい新年となりました。夜中に、カウントダウンイベントに出かけて行っても、ダウンジャケットいらないんじゃないかと思うようなレベルでした。例年の、雪の森の中を歩き回り駆け回り滑り回っていた年末年始とは、大違いです。日本の豪雪のニュースを見て、いつもならワクワク、明日はどこへ行こうかと天気図とにらめっこをしていた日々は、遠く彼方に離れて行ったようです。

思えば、異国で年始を迎えるのも初めてだと思います。ニューヨークのタイムズスクエアのカウントダウンイベントとかベタなものにも憧れるのですが、まずはウィーンから楽しもうと、どこにも出かけずにウィーンに留まることにしました。

ここでまず、今後のために2018年のクリスマス近辺のウィーンの様子をメモしておきましょう。

12/22(土)お店もクリスマスマーケットもものすごい人出。
12/23(日)ものすごい人出なのに、やっているのはクリスマスマーケットだけ。
12/24(月)ほとんどのお店が午後13−14時で閉店。やっているのはクリスマスマーケットだけ。
12/25(火)祝日 どこもやってません。何もかもやっていません。クリスマスマーケットも閉店。何もない。本当に何もありません。
12/26(水)祝日 家を一歩も出てないので不明。でも前日と同じと思われます。
12/27(木)お店再開。すごい人出。セール。
12/28(金)通常営業
12/29(土)通常の土曜日
12/30(日)通常の日曜日
12/31(月)ふたたびお店は13時ごろすべて閉店。ただし、街中は14時ごろからイベントだらけで、イベント間を移動する人だらけ。クリスマスマーケットの残骸+イベントブース多数。
1/1(火)祝日 しーーーん

以下は、クリスマス後のクリスマスマーケットが新年イベント会場に転換している様子です。多くの場所では、クリスマスツリーもそのまま存在しています。1/7をクリスマスとして祝う正教(かな?ロシア人やウクライナ人から聞いたことがある。)もあるそうで、そういう宗派(?)への配慮なのか適当なのか・・・。

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喧騒へ

 

さて、年越しの花火のフライングがあちこちから響き渡っています。日本では個人では上げられないんじゃないの?っていう規模の花火があちこちから上がります。もう少ししたら、年越しイベントに向かってみようと思います。

こちらは、夕方の時点での喧騒です。

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コタツで鍋パしよう。

 

週末をかけて、随分と生活が整ってきました。やっと、人間らしい生活ができるようになりました。年末になって、気持ちも落ち着いて、いろいろなことを考えられるようになってきました。

当初、私はAltbau(Old building)で、中がリノベートされた物件を探していました。慢性住宅不足で何年も待たねばならないストックホルムとは違い、ウィーンでは比較的豊富に物件があり流動性が高くて東京とさほど変わらない印象です。WILLHABENという有名なサイトでAltbauのリストだけ見ても1500件ほど出てきます。数としては結構あるのですが場所が不便だったり何か問題があったりで、私は、なかなかいい物件には出会うことができませんでした。

で、最後に出会ったのが、周りの環境は抜群に良くて、暮らしやすくて、通勤もしやすくて、でもAltbauではない、むしろ、新築の物件でした。新築の物件というと壁がペラペラで日本の古い集合住宅みたいなのを懸念したのですが、壁もAltbau並みにしっかり厚くて、憧れの最上階ではないものの最上階に近い階です。それに、周りの建物がいい感じですので窓からの景色は、ヨーロッパ〜。

Altbauの建物では、屋根が斜めになっていて、その屋根裏部分の部屋をDachgeschosswohnungとかDG Wohnungとか呼ぶようです。夏は暑いとのことだったのですが憧れていました。空調が付いていればなおよしです。

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円形融解症候群

 

 

職場の食堂のパスタコーナーのおっちゃんが、クリスマスに雪が降ってホワイトクリスマスだったのは2005年が最後でそれ以降ないんだと言っていました。

しかし、今年は11月の中旬から雪が舞ったり少しだけ積もったりしていたので、期待していたのですが、昨日と今日はものすごく暖かいです。少しだけ残っていた雪も全て溶けてしまいました。

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お引越し

引っ越しました。

長かったアパート探しを終えて、ここという場所に決めてからはあっという間に契約、鍵の受け渡し、元のマンスリーアパートからの荷物の移動、日本からの船便の受け取りが約1週間の間に凝縮されてしまいました。

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ブダとペストのクリスマス

土曜日、Belgrade(ベオグラード, Beograd, Београд)行きの電車に乗って、ハンガリーの首都ブダペストに行きました。ウィーンから、電車で2.5時間、ちょっとした日帰り小旅行です。

はて、Belgrade、Beograd、ベオグラード…ってなんだったけ・・・遠い昔、子供の頃によく聞いた名前です。帰ってからWikipediaを見ると、そこは旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の首都でした。1990年代、小学生〜高校生だった頃にテレビで見た印象的な遠い国の出来事の一つが、ユーゴスラビアに関わる一連の紛争でした。現在のベオグラードは、セルビア共和国の首都です。Wikipediaに、ユーゴ紛争について非常に端的にまとめられていました。どのように変遷してきたかは、こちらの図が興味深いです。

1990年近くになると、ソ連国内においてはゴルバチョフ指導による民主化が進み、ルーマニアにおけるチャウシェスク処刑に代表される東欧民主化で東側世界に民主化が広がり共産主義が否定されると、ユーゴにおいても共産党による一党独裁を廃止して自由選挙を行うことを決定し、ユーゴを構成する各国ではチトー時代の体制からの脱却を開始する。また、各国ではスロボダン・ミロシェヴィッチ(セルビア)やフラニョ・トゥジマン(クロアチア)に代表されるような民族主義者が政権を握り始めていた。ユーゴの中心・セルビア共和国では大セルビア主義を掲げたスロボダン・ミロシェヴィッチが大統領となり、アルバニア系住民の多いコソボ社会主義自治州の併合を強行しようとすると、コソボは反発して1990年7月に独立を宣言し、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となった。

1991年6月に文化的・宗教的に西側に近いスロベニアが10日間の地上戦で独立を達成し(十日間戦争)、次いでマケドニア共和国が独立、ついで歴史を通じてセルビアと最も対立していたクロアチアが激しい戦争を経て独立した(クロアチア紛争)。ボスニア・ヘルツェゴビナ1992年に独立したが、国内のセルビア人がボスニアからの独立を目指して戦争を繰り返した(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争)。セルビア国内でもコソボ自治州が独立を目指したが、セルビアの軍事侵攻によって戦争となった(コソボ紛争)。その後、マケドニア国内に大量のコソボ地域のアルバニア系住民が難民として押し寄せてたことから、マケドニアにも飛び火した(マケドニア紛争)。

先週、東京に戻った帰りに羽田の書店でことりっぷ(オシャレ地球の歩き方とでも思ってください)を買ってきました。普段は、行き当たりばったりで何も調べずホテルすら直前まで取らずに旅に出てしまうのですが、時々、このような本も参考にします。今回、羽田で目についたので買ってきたのは、クロアチアでした。あの頃、憎しみあい、殺戮しあい、破壊しあった国々の一つが、今はもうことりっぷに取り上げられるほどの観光地になっているのだと思うと、ちょっと胸が熱くなりますが、Wikipediaのクロアチアのページにある「民族浄化の最も成功した例といえる。」の一言に、ぞっとしました。けれどもいつか、この本を片手に旅しなければと思います。

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東京のすごいところ

新宿新都心や青山、赤坂近辺の高層ビルで働いていた時代が十数年ございました。当時(?)は、LED電灯がまだ高くてクリスマスの飾りは白熱灯からLEDへの過渡期でした。

10数年前の私は、表参道のイルミネーションが消えた深夜に、トボトボとクリスマスセールのウィンドウを眺めながら歩き、歩き飽きるとタクシーに乗ります。夜中2時3時まで働いて、タクシーで帰宅して、また朝9時前には出勤するというブラックな生活。そのうち、身体がタクシーでの帰宅しか受け付けなくなり、23時ごろに仕事が終わっても終電が過ぎるのをわざわざ待つ始末。

そんなブラック企業も、今や某テレビ局に働き方改革で取り上げられたり新制度導入で業界を賑わせたりするホワイト企業に変貌を遂げたようです。当時の私は、深夜残業(22:00-7:00だったかな)だけで100時間をゆうに超えた月もありました。体や精神を壊さなかった自分がすごいと思っていました。毎日、どうにかして病気になれないかな、風邪ひきたいな、盲腸ってどうやったらなれるのかな、などと考えていました。ならなかったけど。

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飲みません書くまでは

クリスマスマーケットが始まりました。納期が今日だというのに、まだ完成していない原稿があります。ただ、バタバタとして全くやるべきことが追いついていません。なので、自分に1時間だけと約束して、走ってクリスマスマーケットと点灯されたはずの街の飾りを見てきました。

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クリスマスがやってくる!!!

今週は、前半、ウィーンの街は真っ白でした。窓から何も見えません。いつもは見えるはずの街も、電車も霧の中。週の後半は晴れまして、昨日と今日は夕日がとても綺麗でした。

まだアパート探しをしています。ある人は1件目で決めたと言い、ある人は数ヶ月ずつ3件住んでから4件目で決めたと言い、ある人は6回内見したけどそのうちの1件は同じところだったと言い、ある人は値段で選んだと言い、ある人は大家で選んだと言う。だいたい5件も見たら決まるでしょう〜って感じみたいですが、私は9区、3区、4区、5区、3区、3区、7区、6区、1区・・・。で、まもなく10件目です。ここで、上司である王様に「1区に住むのはどう思います?」って聞いてみたら「Are you crazy?」って大笑いされました。夢の19区はどこへ行ったんだよって。だって見つからないんだもん!!!と逆ギレしました。そんなわけで、内見のためにあちこち歩いていると少しずつウィーンに詳しくなってきました。

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