土曜日、Belgrade(ベオグラード, Beograd, Београд)行きの電車に乗って、ハンガリーの首都ブダペストに行きました。ウィーンから、電車で2.5時間、ちょっとした日帰り小旅行です。
はて、Belgrade、Beograd、ベオグラード…ってなんだったけ・・・遠い昔、子供の頃によく聞いた名前です。帰ってからWikipediaを見ると、そこは旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の首都でした。1990年代、小学生〜高校生だった頃にテレビで見た印象的な遠い国の出来事の一つが、ユーゴスラビアに関わる一連の紛争でした。現在のベオグラードは、セルビア共和国の首都です。Wikipediaに、ユーゴ紛争について非常に端的にまとめられていました。どのように変遷してきたかは、こちらの図が興味深いです。
1990年近くになると、ソ連国内においてはゴルバチョフ指導による民主化が進み、ルーマニアにおけるチャウシェスク処刑に代表される東欧民主化で東側世界に民主化が広がり共産主義が否定されると、ユーゴにおいても共産党による一党独裁を廃止して自由選挙を行うことを決定し、ユーゴを構成する各国ではチトー時代の体制からの脱却を開始する。また、各国ではスロボダン・ミロシェヴィッチ(セルビア)やフラニョ・トゥジマン(クロアチア)に代表されるような民族主義者が政権を握り始めていた。ユーゴの中心・セルビア共和国では大セルビア主義を掲げたスロボダン・ミロシェヴィッチが大統領となり、アルバニア系住民の多いコソボ社会主義自治州の併合を強行しようとすると、コソボは反発して1990年7月に独立を宣言し、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となった。 1991年6月に文化的・宗教的に西側に近いスロベニアが10日間の地上戦で独立を達成し(十日間戦争)、次いでマケドニア共和国が独立、ついで歴史を通じてセルビアと最も対立していたクロアチアが激しい戦争を経て独立した(クロアチア紛争)。ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立したが、国内のセルビア人がボスニアからの独立を目指して戦争を繰り返した(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争)。セルビア国内でもコソボ自治州が独立を目指したが、セルビアの軍事侵攻によって戦争となった(コソボ紛争)。その後、マケドニア国内に大量のコソボ地域のアルバニア系住民が難民として押し寄せてたことから、マケドニアにも飛び火した(マケドニア紛争)。
先週、東京に戻った帰りに羽田の書店でことりっぷ(オシャレ地球の歩き方とでも思ってください)を買ってきました。普段は、行き当たりばったりで何も調べずホテルすら直前まで取らずに旅に出てしまうのですが、時々、このような本も参考にします。今回、羽田で目についたので買ってきたのは、クロアチアでした。あの頃、憎しみあい、殺戮しあい、破壊しあった国々の一つが、今はもうことりっぷに取り上げられるほどの観光地になっているのだと思うと、ちょっと胸が熱くなりますが、Wikipediaのクロアチアのページにある「民族浄化の最も成功した例といえる。」の一言に、ぞっとしました。けれどもいつか、この本を片手に旅しなければと思います。

さて、ブダペストへの旅に戻ります。ベオグラード行きの電車は、オーストリアではなくハンガリーの車両のようです。オーストリアの車両(結構綺麗で機能的)と違って、旧東側的というか近代的ではないというか・・・しっかりと走行はしますが、車内灯が消えたり灯いたり、電源がないWiFiがないトイレが流れない水が出ない食堂車もヘボい・・・です。(WiFiはあるって書いてあるけど実際には飛んでなかった)コンパートメントタイプの客車、飛び交う謎のスラブ系(?)言語。乗客の垢抜けない雰囲気と服装。ああ、東に向かっているんだなぁと実感します。ブダペストは2度目ですが、前回は綺麗なオーストリアの車両だったようで、完全に油断していました。
ブダペストに到着すると、相変わらず読めない言語です。ハンガリー人の先生にブダペストにいることをメールで連絡しつつ、早速街を探索してみると、こちらもクリスマスマーケット真っ盛りです!そしてものすごい観光客の数!!先週末からウィーンもめちゃくちゃ人が増えていますので、もしかしたら既にクリスマス休暇の第一波なのでしょうか。
ブダペストで早速ランチに食べたのが、”Lángos”という揚げパンに何か乗っけて食べる軽食でした。ほうれん草が練り込まれた何か(?)を乗せて食べました。味が濃いけれど、すっごい美味しかったです!あと、ハンガリー人の先生が勧めてくれたのは”Forralt bor”という飲み物でしたが、こちらは飲む時間がなくてホットワインに差し代わりました。しかし、このホットワインが、めちゃくちゃ美味しい!ウィーンのと何が違うのかわかりませんが、忘れられない美味しさでした。
それにしても、ものすごい観光客の量です。主要観光スポットの周りにどんどん到着する観光バス。ナンバーはH(ハンガリー)のものもありますがRO(ルーマニア)が多かったです。

そして大勢の人で賑わうクリスマスマーケット。売っているものもウィーンとは随分異なります。飲食物のお値段は、ウィーンと同じくらいかな。前回は一度もHUFを使わずにカードだけで生き延びたのですが、今回は、クリスマスマーケットではお支払いは現金のところが多いので、HUF(フォリント)への変換が必要でした。1HUF=0.4円くらい。EURとの変換で考えると面倒ですが、日本円で半分以下くらいと考えるといいですね。
ブダペストの気候は、ウィーンとほぼ同じでした。ウィーンの街に流れるドナウ川がここにも水量を増して流れています。寒空の中、夜景が美しい王宮と橋と国会議事堂を眺めに行きました。さすがドナウの真珠!ウィーンは、川沿いにはこういった建築物があまりありませんので、川沿いの景色はロンドンやプラハやブダペストが素敵ですね。
Budapest(ブダペスト)はBudaとPestという川沿いの二つの街が合体してできた街です。ハンガリーは、冷戦中は東側に属していました。改めて地図を見て見ると、ハンガリーは、周りを現在のオーストリア、ルーマニアのほか、旧ユーゴスラビアであったスロベニア、セルビア、クロアチア、そしてチェコスロバキアだったスロバキア、そしてソビエト連邦だったウクライナ、に囲まれた国です。周りの国々で紛争が起こり、政情が時事刻々と変わっていくなんて、日本にいると想像もつかないことです。どんな時代だったのか、私には想像もできない。
せっかくヨーロッパにいるのだからと、あちこち旅をしたくなるのですが、私の興味は常に東側に向いています。イタリアとかスペインとかポルトガルとか、どうも興味が湧いてきません。無理に興味を持つこともないので、飽きるまで、この路線で行こうと思います。さて、次はどこに行こうかな。

普通の旅行記を書きました。
