日本を出ることが決まってからの最後の夏の日、大阪にお墓まいりに行きました。でも、目的はお墓参りというよりも、別のお墓を探すことでした。

父方の祖母は、キリスト教徒でした。
祖母と同居していた、とある巨大公共組織にいた父の兄は、きっと強い人ではなかったのでしょう、いつしかアルコール中毒になり、その治療・リハビリの過程でキリスト教に改宗しました。治療はとても長く、その間、親戚付き合いもありませんでした。私が高校生になり、先に私の父が亡くなり、間もなくして私は働き始めました。
その頃には、父の兄も法事に顔を出すようにはなっていました。
時代がミレニアムになったころ、そんな父の兄が末期ガンで終末医療をしていると聞き、キリスト教病院のホスピス病棟にお見舞いに行きました。父に雰囲気のよく似た穏やかな人。父よりずっと真面目で厳しそうでハンサム。穏やかに死を受け入れている人。子供の頃は何となく怖かったです。共通点が血縁なだけで関係が薄かったから話しが弾まなかったのか、何を話したのかよく覚えていません。でも仕事で賞をとった話を聞かせてくれたのはその時だった気がします。それから半年も経たず、父の兄は亡くなりました。お葬式は大阪の中心地にある古びた立派な教会で行われました。お葬式には、業界人ぽいキャリアウーマン美女がたくさん来ました。キリスト教の墓地に入るので、浄土宗のお墓には入らないと聞かされました。
あれから一体何年が経過したでしょう。
ずっとずっと気になっていたのは、父の兄のお墓まいりに行ったことがないことでした。
私の母は父方の親戚との連絡を取りたがりません。
父の兄には、娘が二人。姉は韓国人と、妹はフランス人と結婚して日本を出て、連絡先もわかりません。Facebookで探しても見つかりません。
すなわち、父の兄のお墓の場所がわからない。

さて、去年、出国直前のお盆の頃、記憶を頼りに、大阪市内の教会があったあたりに行ってみました。古びた教会は、なんと、近代的なビルになっていました。

受付で、氏名と死亡年代から墓地の場所がわからないかと聞いてみました。
なんと私は、父の兄の名前は知っているけれども、漢字を知らなかった・・・。
しかし、きちんと教徒さん(?)がデータベース化されているようで、いろんなパターンで検索してもらい、諦めかけた時、もしかしてこの漢字じゃないですか?と言われ、やっとのことで特定してもらうことができました。
漢字を見てみると、なるほど、うちの父の名前とのシリーズ性が見て取れます。
残念ながら墓地はとても不便な神戸の山手にあるということで、帰りの新幹線に間に合いそうになく、行くことができませんでした。
神戸で、学会ないかなぁ。
渡されたメモの氏名の上に書かれていたのが「アシジのフランシスコ」という文字。キリスト教の聖人の名前のようです。

さて、ウィーンの職場からほど近く、一つの大きな教会が見えていました。朝8時に出勤すると鐘の音が聞こえるのは、あの教会からかな?と思っていました。ひと月ほど前のある日、職場で何気なく市内の地図を見ていると何か見覚えのある文字が目に入りました。

あれ?これは・・・?
メモを引っ張り出して確認しました。
間違いない。父の兄の洗礼名(?)と同じ名前の聖人を冠した教会だ。
1ヶ月後の先週の金曜日、職場から歩いて行ってきました。

夜の7時を過ぎて行ったので、もちろん中には入れません。でも、何か他のウィーンの教会とは違った雰囲気。メルヘンチックにも複雑なフラクタルのようにも見えます。

父の兄が本当はどんな人だったのかを知る由もありません。アッシジのフランチェスコは立派な聖人のようです。大人になってから洗礼を受ける人は、自分で尊敬する聖人の名を選ぶようなので、こんな人になりたかったということなのでしょうか。

父は、享年47歳。
父の兄は、享年57歳。
この長寿の時代に、兄弟二人して信じられないくらい若くして亡くなったんだなと、改めて感じています。
今度は、教会が開いている時間に行ってみようと思います。そして、お墓まいりの方は、神戸の墓地の地名を書いたメモを失くしたので、また大阪市内の教会に行くところからやり直しです。

人に歴史あり。管理人さんの家族史には、いたるところ、まるで小説の一節のような広がりがあるんですね。ご自身もきっと見えない糸に導かれてユーラシア大陸を越え中欧ヴィーンへとやって来た。やがてフランスへ、イタリアはアッシジへ、はたまたアルプスやアメリカや中国へと、さらに広い世界へと繋がりつつご自分の豊かな歴史を紡いで行かれるんだろうな、と思ってしまいます。
Gonneko先生、両親ともにツイてない人生でして、私は2人から全ての運を吸収して運だけで生きているようです。せっかくなのでもらった運を活かさなきゃと思いながらも空回り。なぜウィーンにやってきたのか、まだよく咀嚼できていないのが正直なところです。アッシジというのは、地名だったんですね!アッシジのフランチェスコというのは、加賀屋の太郎左衛門みたいなことかと思っていました!もっといろんな言語や文化に慣れて世界を飛び回ってみたいけど、大変怖がりなのが課題です。
ウィーンの森のハイキング道の道標にはたまにアッシジを指しているものがあります。夏のあいだに巡礼道をアッシジまで歩かれるのも一案かもですね。
現地委員先輩、アッシジを指していると言うのは、まさかGonneko先生の言われるイタリアのアッシジまで?!?!それはヨーロッパ版グレートトラバースになりますね!ウィーンの森の巡礼道、今度、詳しく教えてください!