3.5年ぶりの一時帰国:神戸と大阪と

京都以外、私のファミリーヒストリーであります。

大阪に行って真っ先に向かったのは、かの教会。2019年に訪ねて行って、父の兄のお墓の場所を教えてもらったのですが、その地名をGoogleで検索しても出てこない。どうやっていけるのかどうやって見つけられるのかを訪ねに梅田の片隅の教会を再び訪ねました。前回は時間がなくて断念したので、今回は朝から行動です。

受付でお墓の場所を訪ねていると、後ろから近づいてきたご婦人に「どなたのお墓参りされるの?」と聞かれたので叔父の名前を告げると「よく知っていますよ。あのXXX(企業名)のね。」私はその人の弟の娘です。「少し似ていらっしゃる気がする」と言われました。教会の人たちの丁寧な案内により、無事に、1時間半かけて阪急に乗って神戸の山奥にバスで延々と登って行ったところにある大きな墓地にて見つけてきました。そして、祖母もここに眠っていることを知りました。ちゃんとした仏教のお墓あるのに、キリスト教の共同墓地にはいっていたなんて・・・。

逆回りのバスが来た都合で阪神で大阪に戻り、次は近鉄線に乗って、父のお墓参りと猫のお墓参り。1日で3カ所のお墓に行くために、阪急・阪神・近鉄(関西三大私鉄)をコンプしました。大阪も私鉄同士とか乗り入れが増えて、なんで阪神が難波に行くのか理解できませんでしたが、本当に行けました。

ミナミに出ます。ここから結構歩くのでたこ焼きを食べて腹ごしらえ。子供の頃は家族に引き摺られてよく歩いていた水かけ地蔵ですが、もしかして水をかけたのは40年ぶりくらいかもしれません。

相変わらず人の多いひっかけ橋。

鰻谷だけに、鰻の目か何かなのかと思いましたが、違ったようです。

そして、戦前に私の家族が住んでいた場所を探してみました。通りの名前とかから考えて、この辺の茶色いビルの辺りだと思います。100年くらい前に、私みたいな見た目の役立たずがこのあたりをウロウロして人に迷惑ばっかりかけていたはず。ていうか、家族全体がそんなだったはず。そして家族は金沢の方面に疎開し、戻ってきた時には、この辺りは焼け野原だったそうです。

そして最後にこの建物。NY市立図書館ではありません。大阪にあるんですよ。中之島中央図書館といいます。ここも家族の歴史に関わる建物です。

ミナミからほぼキタまで歩きました。久しぶりに歩いた道頓堀やアメ村は、記憶を残すところもあり、記憶がない建物もたくさんあり、でも渋谷よりは変化がゆっくりな感じがしました。

そして何よりも、人々が相変わらずおせっかいでうるさいことに一安心しました。うるさいねん。居酒屋の店員、馴れ馴れしいねん!!

「いらっしゃーす、飲みもん何しますぅ〜?」「あーちょっとまってくださいねー」「これ、うまいっすよー」「次、何のみますー?」

わし、あんたの友達ちゃうねんけど!!!って言いそうになりました。私が行った居酒屋がそういうところだったのか。

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