私が世界一好きな渓流は、奥入瀬です。オーストリアでも同じ様な場所を探し続けて三千里。今回は、ウィーン近郊の渓流Myrafälle(ミラフェレ)に行ってみました。
“ウィーン近郊の渓流:Myrafälle(ミラフェレ)に行ってみた” の続きを読む
TALES FROM THE VIENNA FOREST
私が世界一好きな渓流は、奥入瀬です。オーストリアでも同じ様な場所を探し続けて三千里。今回は、ウィーン近郊の渓流Myrafälle(ミラフェレ)に行ってみました。
“ウィーン近郊の渓流:Myrafälle(ミラフェレ)に行ってみた” の続きを読む
ちょっと用事があった土曜日、用事を済ませて午後に妙に時間が開いてしまったのですが天気も不安定だし時間的にも遠くに行けないし。というわけでJohannesbachklammに行ってきました。ここは距離も短くほんの1時間ほど渓谷を歩くだけなので、ベビーカーは無理かもしれませんがお子様連れにも最適な場所です。ただ、電車でのアクセスはあまり良くないので車が良いかなと思います。
“Johannesbachklammで森林浴” の続きを読む3連休、自転車ライドに続き、紅葉がちょうどいい時期なのではと予測を立てまして、山へと行ってきました。高山に行くともう紅葉は終わっていると予測して、ウィーンから車で1時間ほどの中くらい山へ。
ウィーンは数日前から霧に包まれる日が増えていました。この日も、朝からウィーンは霧。山の天気予報をみると、少し離れれば雲はなく、標高500m以上に出れば霧も晴れるだろうと再び勝手に予測。

月曜日がNational Dayで3連休でした。でも出かけようも、行きたいところはどこもコロナ信号は赤色。まだ黄色か緑のエリアでホテルを探してみると、軒並み満室だったり高かったり。諦めて寝て起きたら雨だったのでまた寝て起きたら晴れていたので自転車に乗ってきました。
これが大あたり。

日本より一足早くロックダウンが解除されて、5/15からレストランもバーもオープンしています。職場も一部オープンしました。地下鉄の車両には大きく新しいものと古いものがあって、新しい車両の場合は、通常は乗降の際にボタンを押すと扉が開くのですが、現在は触れなくても良いように全扉が全駅で自動で開くようになっています。
しかし問題は古い車両。古い車両では、扉は自動的には開かず、このようなレバーを引いて自分でこじ開けねばなりません。もともとこれを開ける時に手首を痛めてしまったりと、開けるのが苦手だったのですが、手で触るまいと、試しに肘鉄してみたらなんとも簡単に開くことがわかりました。コロナウィルスのBy-productです。
今の所、地下鉄でのマスクの着用率はほぼ100%です。どこぞの欧州の国と違って、ルールを守ってくれる国民性が日本人にはありがたく、安心して過ごせます。
無事にグラベル仕様タイヤにチェンジしまして、その後、2度ほどサイクリングしてきました。確かにグリップ力はとても上がって、砂利道で多少油断しても大丈夫、石畳の凸凹もある程度の速度で走り抜けられるようになりました。その一方で、摩擦を感じます。路面との摩擦をとても感じます。摩擦のおかげで思うほどスピードが出なくなりました。やっぱりロードバイク のタイヤって偉大だったんだ。摩擦ってすごいんだ。
初めてウィーンに来たとき、ドナウ川を見ることを楽しみにしていました。しかし、御多分に洩れず濁った川を見て思ったのは「美しく青きドナウじゃない!」でした。しかしここへきて、「美しく青きドナウ」がわかるようになりました。青空のもと、風の弱い日の景色です。青空が水面に写りこみ、とても美しく見える日があります。
これが「美しく青きドナウ」だ。
3月の末からサマータイム(daylight saving time)が始まり、最近では夜の8時ごろまでうっすら明るい日々になっています。夕方4時5時台は昼間と変わらないくらい十分に明るいのに助けられ、自転車で走る距離を50 – 60 – 70 kmと伸ばしています。先日、久しぶりに、オーストリア航空の赤と白の尾翼の機体が飛んでいるのを見かけました。通常フライトは全てキャンセルされているので、世界中に散らばっている自国またはEU人を戻すチャータか医療品を運ぶフライトだと思われます。
なんとなく気が向いて、昨日に続いて自転車で走ってきました。昨日は、フロアポンプが壊れていてタイヤに空気が入らないどころか入れようとするたびに抜けてしまう有様で、まあそんな距離でもないし慎重に走ればいいかと相当柔らかめのタイヤで出かけました。戻ってポンプを修理しようと分解していると、ポンプは壊れていなくて私の脳が壊れていたことが判明しました。詳細を省くと、空気排出のバルブを逆に回していただけです。というわけで、今日も行けることに。
今週の平日はずっと家にいてスーパーへの買い物以外は出ていなかったので、朝のうちにサイクリングに行ってきました。現在のところ、以下のような外出規制になっています。(在オーストリア日本国大使館からの情報)
3 これまでに発表されていた外出規制措置は以下のとおりです。 ・16日(月)から,生活必需品店等の例外を除き,店舗を閉店する。 例外となるのは,食料品店,薬局,ドラッグストア,郵便局,銀行の他, タバコスタンド,ガソリンスタンドや動物飼料店等。また,医療製品・医薬品や, 保安・緊急時用品,整備機材を扱う業者も対象外となる。公共交通機関は従来通り 運行を行う。 ・企業に対し,従業員にできるだけテレワークを可能とするよう要請する。 ・レストラン,バー及びカフェを17日(火)から完全に閉鎖。ただし,単なる場所 の提供を行う店舗や,料理の配達サービスは対象外となる。 ・16日(月)から外出は原則として (1)先延ばしできない職務への従事のため, (2)生活必需品等の調達のため, (3)他の市民の援助のために限定される。 散歩のための外出は許可されているが(ペットの散歩を含む),その際は1人か, あるいは同居人とのみで行う必要がある。取り締まりのため警察が 巡回し, 違反した場合最高3,600ユーロの罰金\が科される(立ち入り禁止のための閉店措置を 執らない営業者には最高3万ユーロが科される)。 ・(子供の)遊技場,運動場を閉鎖(当館注:国レベルは解除済,継続の有無は州の 判断による) ・同居人以外の者と共同での自転車走行 ・数時間に及ぶ単独での自転車走行,山道等でのマウンテンバイクによる走行 (負傷等により,医療機関への負担が増すおそれがあるため) ・目的の自転車走行ルートにたどり着くための公共交通機関の利用
というわけで、車に自転車を積んで行ったり自転車でかけることは規制されていません。
ウィーンを訪れてくださった恩師先生と一緒に、日曜日に電車でBudapestを訪れてきました。Budapestは、これで3回目。1回目はハンガリー人の先生の帰省に合わせて一泊。2回目、3回目の今回はウィーンからの日帰りです。
もう数週間前になりますが、ウィーンから南に車で1時間20分ほどの場所に集中的にトレッキングルートがいくつもあり、それぞれの登山口の様子(駐車場の大きさや場所)を確認してまわる旅に行ってきました。ついでにちょっとだけ山歩き。
で、最後に選んだのが、以前から来てみたかった場所です。

ガイドブックなどにもよく書かれていますが、ウィーンの水道水は南部の山から2系統のパイプラインで届けられている素晴らしいものです。実際、私もそのまま飲んでいます。世界では水道水が飲める国は少ないので、旅行に来ると水を買う人が多いですが、ウィーンを含むオーストリアでは不要です。
その水源になっているのは、もちろんドナウ川・・・ではありません。
The spring water originates in the Lower Austrian Limestone Alps. The spring zone of the 1st Mountain Spring extends across the Schneeberg, Rax and Schneealpe mountains, while that of the 2nd Mountain Spring water main comprises the Hochschwabmassif. The protection zones designated for water resource conservation encompass an area of approx. 700 square kilometres.
Drinking Water for Vienna
水源地の一つで有名な場所がRax-Schneebergエリア。かなり観光地化されていて行きやすそうだしロープウェイで一気に標高をあげることもできます。初心者の一歩目として最適そう!
ガソリン満タン。一路、南を目指します。


駐車場のすぐそばの橋から下を覗くと、水が・・・水が・・・水が・・・
めっちゃ綺麗!!!!

7月に入って、1ヶ月ほどの夏期休暇を取る人が多く、やはりヨーロッパなんだなぁと実感しています。私の方は、有給を使って会議に行ったり帰国したりで、まだそんなにまとめて使える有給がありません。使い切ってしまうと、日本で身内の不幸とかで帰国するようなことがあると不安ですし。って、そんな親しい身内、いましたっけ。それはともかく、そんな事情で、金曜日だけ休んで週末旅行に行ってきました。行き先は、華の都!おフランス!おパリです!
雨のウィーンを出発して到着したパリは晴れでした。気温はあまり違いはありません。
ジョギング中に見て憧れていたカナル沿いで座り込みワイン持ち込みの夢が、今週、叶いました!仕事に来ていた元同僚さんに出会うやいなや、「私の夢を叶えてくれませんか!!!」と、頼み込んだところ、快諾して下さいました。
準備は万端です。 “2度、夢かなう” の続きを読む
夏至の頃です。北海道と同じくらいの広さの国ですが、緯度としては北海道の真上くらいに位置しています。北欧ほどじゃないけど、夕焼けが長いです。現在の日の入りは21時頃ですが、ながーいこと夕焼けしています。そして、ちょっとだけ西だけどほぼ真北じゃないの?という位置に太陽が沈んでいきます。ここ数日の夜の写真を並べてみました。

ウィーンは、日中は30度を超える暑い日が続いています。昨日の夜は寝苦しさに起き上がって部屋の温度計を見ると27.5度。初めて冷房をつけて寝ました。職場から見える池には、午後になると泳いだりボートで浮かぶ人々が見えます。
夏至に近づき、22:00をすぎた現在もまだほんのり明るいです。長い長い夕暮れです。体調が整わないので、やっぱり運動しなくちゃと思い、先日、1ヶ月ぶりにジョギングに出てみました。調子が出てきて、せっかくなので10 kmくらい走ろうかとリングを一周してみることにしました。
すると、いるわいるわ、川辺で飲む人々。
自転車走行のルールが何となくわかってきて、図々しく走れるようになって距離が伸びてきました。U4という地下鉄は、ウィーン川という川沿いを走っています。その川沿いに自転車道が整備されているので、先日、自転車で10km西に向かって走ってきました。

ウィーン中心地からほんの10kmでこんな景色です! “西に10km” の続きを読む
ある土曜日、ちょっと用事で朝早くに家を出ました。待ち合わせの場所に早く着きすぎたので、ヨハンシュトラウスの像で有名なStardparkを少々お散歩しました。

しっかり中を歩いたことがなかったのですが、ウィーン川(と地下鉄U4)を挟んで公園がひろがり、池もあります。


鳥もお休みしています。

ペンギンもいます。
“早朝散歩” の続きを読む
日本からの友人と、ウィーンからちょっと足を伸ばしての旅をブダペスト(電車で2.5時間)かプラハ(電車で4時間)かを相談していました。私が別途、去年末にブダペストに行っているのもあって、今回はプラハとなりました。
そこで、大学院生時代に同じ研究所に居て、学位取得後にプラハ近郊の研究所に移ったルーマニア人の友人に連絡を取ってみました。前日までパリに出張してるけど、日曜日なら!!とのことで日曜日の午前中、ひたすらお喋りしながらプラハを案内してもらって歩いてきました。
土曜日、Belgrade(ベオグラード, Beograd, Београд)行きの電車に乗って、ハンガリーの首都ブダペストに行きました。ウィーンから、電車で2.5時間、ちょっとした日帰り小旅行です。
はて、Belgrade、Beograd、ベオグラード…ってなんだったけ・・・遠い昔、子供の頃によく聞いた名前です。帰ってからWikipediaを見ると、そこは旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の首都でした。1990年代、小学生〜高校生だった頃にテレビで見た印象的な遠い国の出来事の一つが、ユーゴスラビアに関わる一連の紛争でした。現在のベオグラードは、セルビア共和国の首都です。Wikipediaに、ユーゴ紛争について非常に端的にまとめられていました。どのように変遷してきたかは、こちらの図が興味深いです。
1990年近くになると、ソ連国内においてはゴルバチョフ指導による民主化が進み、ルーマニアにおけるチャウシェスク処刑に代表される東欧民主化で東側世界に民主化が広がり共産主義が否定されると、ユーゴにおいても共産党による一党独裁を廃止して自由選挙を行うことを決定し、ユーゴを構成する各国ではチトー時代の体制からの脱却を開始する。また、各国ではスロボダン・ミロシェヴィッチ(セルビア)やフラニョ・トゥジマン(クロアチア)に代表されるような民族主義者が政権を握り始めていた。ユーゴの中心・セルビア共和国では大セルビア主義を掲げたスロボダン・ミロシェヴィッチが大統領となり、アルバニア系住民の多いコソボ社会主義自治州の併合を強行しようとすると、コソボは反発して1990年7月に独立を宣言し、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となった。 1991年6月に文化的・宗教的に西側に近いスロベニアが10日間の地上戦で独立を達成し(十日間戦争)、次いでマケドニア共和国が独立、ついで歴史を通じてセルビアと最も対立していたクロアチアが激しい戦争を経て独立した(クロアチア紛争)。ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立したが、国内のセルビア人がボスニアからの独立を目指して戦争を繰り返した(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争)。セルビア国内でもコソボ自治州が独立を目指したが、セルビアの軍事侵攻によって戦争となった(コソボ紛争)。その後、マケドニア国内に大量のコソボ地域のアルバニア系住民が難民として押し寄せてたことから、マケドニアにも飛び火した(マケドニア紛争)。
先週、東京に戻った帰りに羽田の書店でことりっぷ(オシャレ地球の歩き方とでも思ってください)を買ってきました。普段は、行き当たりばったりで何も調べずホテルすら直前まで取らずに旅に出てしまうのですが、時々、このような本も参考にします。今回、羽田で目についたので買ってきたのは、クロアチアでした。あの頃、憎しみあい、殺戮しあい、破壊しあった国々の一つが、今はもうことりっぷに取り上げられるほどの観光地になっているのだと思うと、ちょっと胸が熱くなりますが、Wikipediaのクロアチアのページにある「民族浄化の最も成功した例といえる。」の一言に、ぞっとしました。けれどもいつか、この本を片手に旅しなければと思います。
