東京活動を終えて、バタバタと羽田から北京に移動してきました。
スーツケースの半分(2/3くらい?)を空っぽにしてやってきましたが、洋服や靴、薬、そして麦茶のパックを買って詰めてみるとスーツケースはパンパンになりました。おかげさまでチェックインの際には、60Lサイズのスーツケースは、19.1kgを記録しました。来月のカードの請求が怖いです。 “再びPeople Moverに乗りに北京へ” の続きを読む

TALES FROM THE VIENNA FOREST
東京活動を終えて、バタバタと羽田から北京に移動してきました。
スーツケースの半分(2/3くらい?)を空っぽにしてやってきましたが、洋服や靴、薬、そして麦茶のパックを買って詰めてみるとスーツケースはパンパンになりました。おかげさまでチェックインの際には、60Lサイズのスーツケースは、19.1kgを記録しました。来月のカードの請求が怖いです。 “再びPeople Moverに乗りに北京へ” の続きを読む
学会最終日、数日前から相談して予約してあった万里の長城へと、某研究所の研究者の方に混ざっておっさん4人で行ってまいりました。
ホテルのコンシェルジュで(コンシェルジュって初めて使った!)4名で乗られるタクシーをチャーターして北京中心部から1時間ほどで行けるという慕田峪長城に行ってきました。有名なのは、八達嶺長城というところだそうですが、混んでいるそうなのでマイナーな方を選択。
さて、オーダーしたのはAudiだったのですが、やってきたのはBMWです。おっちゃんの運転はタクシーに比較してマイルドですが、日本ならあおり運転や危険運転でとっくに逮捕されていることでしょう。
観光地なのにろくに英語も通じない、置いてあるガイドマップは不親切すぎて意味不明、チケットを売ろうとするおっちゃんがお追いかけてくる・・・いろいろ意味不明なことがありましたが、さすが研究者の皆さん、状況判断から最適解を探し出し共通理解を以って決断する繰り返しでした。 “The Great Wall 慕田峪長城” の続きを読む
まだ先週のスイスの話題です。
007の撮影の舞台になったということでやたらと007推しのSchilthorn。その経路の途中にこんなところがあります。
かなりの距離のロープウェイですが、終点まで支柱なし。こういうのをワンスパン方式といいます。

日本の索道でここまで長距離のワンスパン方式ってあるのかなぁ。新穂高も駒ケ岳も八甲田も支柱あるよなぁ・・・。どこかで見たような〜・・・。・・・。うーーん。・・・。・・・。
先日、ホテルの部屋で、何か気になるものが目に入りました。うん?
は?
その上下には他にも、「水だけ」、「いいえ麺」などの記載があります。全く意味がわかりません。手にとって英語の注意書きの方を読んでみました。 “いいえ乳” の続きを読む
2012年4月1日、私はSwedenにいました。Stockholmから電車に乗ってUppsalaという街にふらっと行きました。まだ寒くて雪が降っていました。この街は、大聖堂と大学しかない(失礼!)静かな街です。
この大聖堂もフレンチゴシックスタイルですが、外装はレンガ作りというものです。偶然、結婚式をしていたのか、教会の中でパイプオルガンが鳴っていました。この時が、多分、教会の中でパイプオルガンの音を実際に聴いた初めての時だったと思います。
さて、この時、偶然入ったお土産物屋さんにあったのがこの大聖堂をかたどったスノードームです。あらかわいい。これは良い記念になるから買っていこう・・・。Stockholmに戻ると、市庁舎をかたどったものなど豊富に取り揃えられていることに気づきました。こうして私はスノードム沼に沈んでいったのです。 “スノードームコレクション” の続きを読む
楽しい週が過ぎ去ってしまい、一斉にみなさんがウィーンを去ってしまい、すっかり寂しい週末となりました。寂しいので、先週末のスイストリップを振り返ろうと思います。スイストリップ、区切るところを間違えないでくださいね。
Zurichから一気にMt.Eigerの麓の町へ参りました。生のEiger North Faceです。「北壁の死闘」の舞台です。どうやら日本人観光客が大変多いようで、日本語の観光案内所、日本語のパンフレット、そしてなんとmontbellまでありました。しかもmontbellには日本人の店員さんがいらっしゃって、その上、日本のmontbellのポイントカードがそのまま使えるのだそうです。しかし、スイスが本家のMammutよりも大きな店舗を構えてるのですから、日本企業も頑張っているんだー。ダサいけど。ダサいけど。ダサいけど。大事なことなので3回言いました。
電車で登って行ったのは、JungfraujochというMt. Jungfrauの鞍部のような位置にある観光拠点です。立派な建物や氷河の中を削ったトンネルを歩けたりと超観光地です。もちろん、外に出ることもでき、雪の上を歩くことも可能です。夏はトレッキング拠点となるようです。
しかしなんでこんなところに2台もピステン(圧雪者)が置いてあるのかと思ったら、どうやらこの高地でスポーツやライブイベントをすることがあるようです。こんなところでバレーボルやサッカー、バスケ・・・死ぬでしょうよ!!!外国人の考えることはさっぱり理解できません。だって、ここの標高は3,571m。アルプス一万尺の槍ヶ岳の隣の小槍は3,030mですので、ここはアルプス本家で一万尺強。ヨーロッパで一番高い場所です。
電車で登ってきましたが、実はすでに富士山山頂程度の標高です。おかげでそこら中に高山病や高所と思わずテクテク歩いてぐったりしている人がいます。高山に弱い私も、ゆっくりしか歩けませんでした。いずれにしても、こんな標高まで幼い子を連れてくる神経がわからない・・・(子供は一般に高山病を訴えられないので重篤化する可能性もあって危険という認識)
そもそもこんな高地まで電車を走らせ巨大観光拠点を山に掘ってしまうのは環境破壊なのか、それとも富士山のように大行列で登山道を踏みならされゴミをポイ捨てされ足で登るために滞在時間が長くなり大容量の山小屋が必要になる方が環境破壊なのか、どっちがいいんだろうなぁと思いました。日本ですと、富士山に電車走らせるってなったら蜂の巣をつついたような大騒ぎになりそうですよね。単独峰でありアクセスがそんなに悪くないということもありますが・・・。もちろん火山であるというのも重要なポイントですが、結局、電車なりロープウェイなりを通した方が環境には優しいのかもしれません。
そんなことを考えながら、街に降り、山を見ながらの一杯。うーん。お酒を飲むと、難しいことはどうでもよくなります。良い天気。それだけで満足です。
そして少し街をお散歩して、1日目のアルプス散策は終了となりました。
やっと飛んだ飛行機は、今度は着陸許可が降りずにZürich 上空を何度も旋回します。機内アナウンスは、着陸許可が降りるまでアルプスの眺めでも楽しんでて!とのこと。

Wienから西に飛んでいくとずっとチロルアルプスの横を飛んでいきます。奥には白白した山々が見えているのですが進んでも進んでもその山に来ないなぁと思っていて途中で気づきました。 “アルプスでも見とけ!” の続きを読む
今日からイースターの4連休!
9月にこちらに来てからほぼ初めてのプライベートな旅行に出てみようと飛行機を取りました。 “飛ばない飛行機から” の続きを読む
ウィーンから乗った電車が遅れまして、本来は間に合うはずだった聖ヴィート大聖堂のオープン時間には間に合いませんでした。しかもお城の領域に入るための手荷物検査が導入されていて、手荷物検査と金属探知機の通過に並ぶ必要がありました。これも重なって、大聖堂の前に立った時には、教会の冷たい鉄の扉は閉まっていました・・・。お城に向かうあの坂、駆け上がったんですよ。40超えたおっさんとおばさんが。

翌日、気を取り直して、今度はオープン直後(日曜日は正午から)に合わせて行ってみると、お城エリアに入るための正面のセキュリティはこの行列です。でもレーンがたくさんあり通過には10分もかかりませんでした。でも観光シーズンには1時間も並ぶこともあるのだとか。
友人が日本から取ってくれたのは、プラハの結構良いホテルです。若い頃、ともに安月給で超絶残業環境で働いていた頃と比べると、二人とも大人になったよねぇ。
けれども、やっぱり安いものは大好きです。スーパーや薬局や化粧品店に出たり入ったり。おやつを買ったり缶チューハイ的なサイダーを買ったりしていました。ウィーンと同じスーパーのチェーン(SPARとBILLA)もありました。
そんなプラハの大きなショッピングモールに入っている、とある大きなスーパーマーケット。そんなにウィーンと売ってるものは変わらなさそうな見た目をしています。だが・・・ “プラハにぎり” の続きを読む
非常に簡単ながら、ウィーン<ー>プラハ間の電車移動についてまとめておきました。
日本からの友人と、ウィーンからちょっと足を伸ばしての旅をブダペスト(電車で2.5時間)かプラハ(電車で4時間)かを相談していました。私が別途、去年末にブダペストに行っているのもあって、今回はプラハとなりました。
そこで、大学院生時代に同じ研究所に居て、学位取得後にプラハ近郊の研究所に移ったルーマニア人の友人に連絡を取ってみました。前日までパリに出張してるけど、日曜日なら!!とのことで日曜日の午前中、ひたすらお喋りしながらプラハを案内してもらって歩いてきました。
プラハと言えばピルスナービール発祥の地です。

ビール以外にもビール関連商品が色々とありました。その1つがこちら、ビールシャワージェルにビールバスオイル、ビールバスソルト、ビールボディピーリングに、ビールヘアバーム、ビールボディクリーム… “無制限のビール” の続きを読む
東京からウィーンに訪れてくれている友人とプラハに来ています。プラハへは、6年くらいぶり2度目です。プラハ観光については、ゆっくり書くとして今日は入れ歯についてのご報告です。
カレル端を渡って旧市街に入る街並みは、前回の訪問からかなりお店が変化したように感じます。シナモン付き筒状パン(トゥルデルニーク)屋さんが増え、土産物店がオシャレになり、タイマッサージ店がドクターフィッシュによる治療を売り出して大人気です。

そんななか、こんなお店を見つけました。カラフルなグミやチョコが紙袋に入れて量り売りのお店です。1 Czk=5 JPY程度のようでしたので、安いねといいつつ今日の夜のおやつと明日の電車の旅のお共を調達に入りました。
楽しい〜グミだ〜!と、言いつつサクサクと紙袋に入れて回ります。 “プラハで入れ歯” の続きを読む
今回の帰国にはいくつかの目的がありました。雪山に登って滑るとか長野の居酒屋に行くとかついでに直行便を試してみるとか元職場に立ち寄ってお仕事の相談をするとか。いくつかやり残してきましたが、何とか大半について心が収まりました。
ウィーンへ戻るのには、今回初めて羽田発欧州便。そのために、渋谷から羽田へのバスを使ってみました。ちょうど時間帯がラッシュアワーだったので、大きな荷物を持って乗り込むのが億劫だったのです。井の頭線の上のビル(エクセルホテルとやら)から発着していて、楽チンでした。
そして羽田空港にはいつの間にやら警官にセグウェイが導入されていました。
取り急ぎの行き先は、慕尼黒です。なんだこの漢字・・・。全く読めませんね。 “レジェンドとミュンヘンへ” の続きを読む
つい先日、2/17からANAが運行を始めた羽田への直行便。たまたま安くで格安航空券サイトにあったので帰国便として使ってみることにしました。ストックホルム、プラハ、ウィーンなどどうも直行便との縁がないところばかりに縁があって、ロンドンすらも直行しなかった経緯のある私です。初めてかもしれない欧州直行便。本当に運行してるのかしら?と半信半疑で空港へやってきました。

電車にて早朝にウィーンを発って現地入り、夕方にゲレンデを出てウィーンに戻るという日帰りスキー旅行のレポートです。
日本でも、電車でスキーには行ったことがないと思います。ほぼ100%自家用車で、一度だけ興味本位で夜行バスで行ったことがあります。さて、電車となると、荷物をどうやって持って行こうかと悩みます。
日本でしたら、エッジむき出しの板を電車で運ぶなんて非常識という認識がありますが、生で板を持って歩いているウィーンの人たちを何度か見かけました。山登る時のスタイルで良いならば、袋に入れずにザックに取り付けるだけで済みます。板のアタッチメントのついたザックなら3つあります。チケットの受け取りの際に、インフォメーションの人に聞いてみると「カバー?持ってるなら入れたらいいけど、板はそのまま座席の上の棚に載せるか荷物置き場に置けばいいよ。」とのこと。というわけで、あっさり準備は完了です。板にカバーしろと言われた時のために、大型ゴミ袋も完備です。

土曜日、Belgrade(ベオグラード, Beograd, Београд)行きの電車に乗って、ハンガリーの首都ブダペストに行きました。ウィーンから、電車で2.5時間、ちょっとした日帰り小旅行です。
はて、Belgrade、Beograd、ベオグラード…ってなんだったけ・・・遠い昔、子供の頃によく聞いた名前です。帰ってからWikipediaを見ると、そこは旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の首都でした。1990年代、小学生〜高校生だった頃にテレビで見た印象的な遠い国の出来事の一つが、ユーゴスラビアに関わる一連の紛争でした。現在のベオグラードは、セルビア共和国の首都です。Wikipediaに、ユーゴ紛争について非常に端的にまとめられていました。どのように変遷してきたかは、こちらの図が興味深いです。
1990年近くになると、ソ連国内においてはゴルバチョフ指導による民主化が進み、ルーマニアにおけるチャウシェスク処刑に代表される東欧民主化で東側世界に民主化が広がり共産主義が否定されると、ユーゴにおいても共産党による一党独裁を廃止して自由選挙を行うことを決定し、ユーゴを構成する各国ではチトー時代の体制からの脱却を開始する。また、各国ではスロボダン・ミロシェヴィッチ(セルビア)やフラニョ・トゥジマン(クロアチア)に代表されるような民族主義者が政権を握り始めていた。ユーゴの中心・セルビア共和国では大セルビア主義を掲げたスロボダン・ミロシェヴィッチが大統領となり、アルバニア系住民の多いコソボ社会主義自治州の併合を強行しようとすると、コソボは反発して1990年7月に独立を宣言し、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となった。 1991年6月に文化的・宗教的に西側に近いスロベニアが10日間の地上戦で独立を達成し(十日間戦争)、次いでマケドニア共和国が独立、ついで歴史を通じてセルビアと最も対立していたクロアチアが激しい戦争を経て独立した(クロアチア紛争)。ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立したが、国内のセルビア人がボスニアからの独立を目指して戦争を繰り返した(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争)。セルビア国内でもコソボ自治州が独立を目指したが、セルビアの軍事侵攻によって戦争となった(コソボ紛争)。その後、マケドニア国内に大量のコソボ地域のアルバニア系住民が難民として押し寄せてたことから、マケドニアにも飛び火した(マケドニア紛争)。
先週、東京に戻った帰りに羽田の書店でことりっぷ(オシャレ地球の歩き方とでも思ってください)を買ってきました。普段は、行き当たりばったりで何も調べずホテルすら直前まで取らずに旅に出てしまうのですが、時々、このような本も参考にします。今回、羽田で目についたので買ってきたのは、クロアチアでした。あの頃、憎しみあい、殺戮しあい、破壊しあった国々の一つが、今はもうことりっぷに取り上げられるほどの観光地になっているのだと思うと、ちょっと胸が熱くなりますが、Wikipediaのクロアチアのページにある「民族浄化の最も成功した例といえる。」の一言に、ぞっとしました。けれどもいつか、この本を片手に旅しなければと思います。

今回、UNLP(れせぱせ)を持っての初めての出張です。これだけで緊張します。でも、空港にたどり着いてからふと疑問に思います。ところで、これ、どうやって使うの?
そもそも今回の出張は特殊事情で、自分で航空機を予約していて、予約時に知らせてあるパスポート番号は日本旅券のものです。チェックインして荷物の札を印刷するには、日本旅券を読み込む必要があります。
じゃあ、出国審査の時に提示してみようかなと思って、悩んだ結果、CDGで2冊並べて置いてみると検査官は日本国旅券だけを手に取り、こちらに押印。日本国に帰国すると、日本人ですよね?顔認証の自動化ゲートに行ってください、と言われて、また日本国パスポートで入国。はて。どうやって使うべきだったの・・・。(今後は、航空券の予約の時点からUNLPを使うのだそうです。)
