
Planseeの週末、渋滞するオーストリアの国道B179号線をFernpassに向かって車を走らせていると突然目に飛び込んできた謎の構造物。
なんだあれ?!?!
となった瞬間、全員ググる。
“大人たちの弾丸トラベル@Highline 179 吊り橋を渡る” の続きを読む
TALES FROM THE VIENNA FOREST

Planseeの週末、渋滞するオーストリアの国道B179号線をFernpassに向かって車を走らせていると突然目に飛び込んできた謎の構造物。
なんだあれ?!?!
となった瞬間、全員ググる。
“大人たちの弾丸トラベル@Highline 179 吊り橋を渡る” の続きを読む
イースターホリデーを利用して、いつもの湖と、行ったことがない氷河のスキー場を周回してきました。今年のイースターは4月末と遅く※、自転車とスキーを掛け合わせることができました。毎年、夏にSUP+自転車に来ている場所ですが、春に来たのは初めてです。
“春のWörtherseeを一周サイクリング” の続きを読むオーストリアには、きれいな湖が数えきれない!!!くらいあります。この記事では、私がSUPを購入してからこれまでにSUPをしに行った経験を残しておきたいと思います。

この記事では、オーストリアでSUPを始めるとして、どこがおすすめでしょうかね?を話題にしたいと思います。オーストリアでSUPを始める準備のおススメ(どこでSUP買うの?必要なものは?)については、以下をご参照ください。
目次は以下の通りです。
“勝手にオーストリアでSUPのススメ【場所編】” の続きを読む2週間ほど前の週末、小雨降る中、どうせ濡れるからと新しいルート開拓に行きました。西側にドナウの本流、Donauinselという中州を挟んで東側はとNeueDonauという全長20kmほどの閉鎖湖(?)があります。閉鎖湖なのでほぼ水流はなく、泳いだりカヌーをしたりする気軽に入っていける水辺がたくさんあります。

この日は、友人が今まで行ったことがない場所に駐車場を見つけてくれたのでそこに停車。どうやらウィンドサーフィンの人たちが集まる場所のようで、ウィンドがいっぱい出ていました。

と、いうことが意味することは、
風が強い。
“風速20km/hを超えたらSUPするべからず” の続きを読む日本では信号は、赤・黄・青ですが、こちらではred, yellow, and green lightです。確かにどっからどう見ても、日本の信号も青ではなくて緑なんですけどね。なぜか、青で育ってきたので、いまだにblue lightとか言ってしまってI meant green.. と言いなおす始末です。
随時更新しますが、こんなことに注意すれば、大丈夫かなぁと思うことを挙げてみます。一般的なことは、こちらを参照ください。
完全版はこちら。
ウィーンを訪れてくださった恩師先生と一緒に、日曜日に電車でBudapestを訪れてきました。Budapestは、これで3回目。1回目はハンガリー人の先生の帰省に合わせて一泊。2回目、3回目の今回はウィーンからの日帰りです。
7月に入って、1ヶ月ほどの夏期休暇を取る人が多く、やはりヨーロッパなんだなぁと実感しています。私の方は、有給を使って会議に行ったり帰国したりで、まだそんなにまとめて使える有給がありません。使い切ってしまうと、日本で身内の不幸とかで帰国するようなことがあると不安ですし。って、そんな親しい身内、いましたっけ。それはともかく、そんな事情で、金曜日だけ休んで週末旅行に行ってきました。行き先は、華の都!おフランス!おパリです!
雨のウィーンを出発して到着したパリは晴れでした。気温はあまり違いはありません。
日本からの友人と、ウィーンからちょっと足を伸ばしての旅をブダペスト(電車で2.5時間)かプラハ(電車で4時間)かを相談していました。私が別途、去年末にブダペストに行っているのもあって、今回はプラハとなりました。
そこで、大学院生時代に同じ研究所に居て、学位取得後にプラハ近郊の研究所に移ったルーマニア人の友人に連絡を取ってみました。前日までパリに出張してるけど、日曜日なら!!とのことで日曜日の午前中、ひたすらお喋りしながらプラハを案内してもらって歩いてきました。
土曜日、Belgrade(ベオグラード, Beograd, Београд)行きの電車に乗って、ハンガリーの首都ブダペストに行きました。ウィーンから、電車で2.5時間、ちょっとした日帰り小旅行です。
はて、Belgrade、Beograd、ベオグラード…ってなんだったけ・・・遠い昔、子供の頃によく聞いた名前です。帰ってからWikipediaを見ると、そこは旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の首都でした。1990年代、小学生〜高校生だった頃にテレビで見た印象的な遠い国の出来事の一つが、ユーゴスラビアに関わる一連の紛争でした。現在のベオグラードは、セルビア共和国の首都です。Wikipediaに、ユーゴ紛争について非常に端的にまとめられていました。どのように変遷してきたかは、こちらの図が興味深いです。
1990年近くになると、ソ連国内においてはゴルバチョフ指導による民主化が進み、ルーマニアにおけるチャウシェスク処刑に代表される東欧民主化で東側世界に民主化が広がり共産主義が否定されると、ユーゴにおいても共産党による一党独裁を廃止して自由選挙を行うことを決定し、ユーゴを構成する各国ではチトー時代の体制からの脱却を開始する。また、各国ではスロボダン・ミロシェヴィッチ(セルビア)やフラニョ・トゥジマン(クロアチア)に代表されるような民族主義者が政権を握り始めていた。ユーゴの中心・セルビア共和国では大セルビア主義を掲げたスロボダン・ミロシェヴィッチが大統領となり、アルバニア系住民の多いコソボ社会主義自治州の併合を強行しようとすると、コソボは反発して1990年7月に独立を宣言し、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となった。 1991年6月に文化的・宗教的に西側に近いスロベニアが10日間の地上戦で独立を達成し(十日間戦争)、次いでマケドニア共和国が独立、ついで歴史を通じてセルビアと最も対立していたクロアチアが激しい戦争を経て独立した(クロアチア紛争)。ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立したが、国内のセルビア人がボスニアからの独立を目指して戦争を繰り返した(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争)。セルビア国内でもコソボ自治州が独立を目指したが、セルビアの軍事侵攻によって戦争となった(コソボ紛争)。その後、マケドニア国内に大量のコソボ地域のアルバニア系住民が難民として押し寄せてたことから、マケドニアにも飛び火した(マケドニア紛争)。
先週、東京に戻った帰りに羽田の書店でことりっぷ(オシャレ地球の歩き方とでも思ってください)を買ってきました。普段は、行き当たりばったりで何も調べずホテルすら直前まで取らずに旅に出てしまうのですが、時々、このような本も参考にします。今回、羽田で目についたので買ってきたのは、クロアチアでした。あの頃、憎しみあい、殺戮しあい、破壊しあった国々の一つが、今はもうことりっぷに取り上げられるほどの観光地になっているのだと思うと、ちょっと胸が熱くなりますが、Wikipediaのクロアチアのページにある「民族浄化の最も成功した例といえる。」の一言に、ぞっとしました。けれどもいつか、この本を片手に旅しなければと思います。
