Carnuntum(カルヌントゥム)はウィーンから南東に1時間ほどの距離にある、ローマ帝国の重要な軍駐屯地の遺跡とその博物館、あとはワインの産地として有名な場所です。6年前に行ったっきりご無沙汰をしていたのですが、ローマ遺跡オタクさんが再び訪れたのを機にまたご一緒させてもらいました。
“6年ぶり2度目: Carnuntum(カルヌントゥム)のローマ遺跡に行ってきた!” の続きを読むメルケンシュタイン遺跡(Merkenstein ruins)に行ってみた。

特に何も予定を入れなかった週末、何気なく行ったウィーンの森のハイキングが興味深かったのでその記録です。ハイキングルートとしては10km強、いつもの山頂の山小屋に逆方向からアクセスするルートです。このルートを選んだ理由は、ふもとの近くに廃墟?らしきものがあるっぽかったから。
“メルケンシュタイン遺跡(Merkenstein ruins)に行ってみた。” の続きを読むBlackLivesMatter-demo
今日は市内の車の渋滞が酷くて、やっぱり電車の乗車率も低いままというニュースもあったし、車出勤の人が多いのかな、車で出なくて良かったな、などと思いながら渋滞を横目に自転車で走っていました。すると警察車両が道路を塞いでいるエリアがありました。何だろう?と見てみると、

Prunksaalでベートーヴェン 生誕250年展
新年明けて3が日が過ぎてすぐ、日本から大学の方と企業の方がペアでウィーンを訪れられました。おひさしぶりにお会いする企業の方が日曜日の早朝便で到着されるとのことで、お昼間にウィーンをご案内することに。
これが見たい!というご要望が特になかったので、私が大好きな場所、Prunksaalを訪れてみました。いつもはパピルスが展示されていたりするのですが、今回はベートーヴェン 生誕250年展(December 12, 2019 – April 19, 2020)が行われていました。知らずに行ったんですけど。

ウィーン街中の体重計の謎
ウィーンのあちこちで見られる体重計。20セントで、街中で体重を測定することができます。
なんでなんだ・・・
一度見つけて気になり始めるとあちこちに存在するこの体重計に不安すら覚えるようになります。もちろん、一度も使っている人を見たことがありません。
なんなんだ・・・

ソビエト噴水グラデーション
Karlsplatzの裏あたり、道路が複雑に交差するあたりに大きなモニュメントが立っています。よくジョギングで通る道です。休みの日の昼間に通ると、どうもロシア系の人が多く、みんな写真を撮っています。よく見るとロシア語っぽい文字も見えます。
Carnuntum(カルヌントゥム)遺跡に行ってきた!
夏い暑のウィーンです。古代ローママニアさんがいらっしゃるとのご連絡。しかも、ナントカ遺跡に行くとのこと。なんか面白そう。くっついていく許可を頂いて、お休みを取ってご一緒させてもらってきました!
前日の飲み会からの、朝Hauptbahnhofから電車を乗りつぎ1時間ほど。古い車両。空調なし。風が気持ち良いです。のどかな風景。気温34度。
駅を降りててくてくと歩いて行きますと、カルヌントゥム(Carnuntum)遺跡の入り口となるミュージアムです。
ヴィルギル礼拝堂 Virgilkapelle
Stephansplatzで地下鉄から地上に上がって行く途中に、謎の空間があります。ずっと前から気になっていました。調べてみるとそこは、シュテファン大聖堂の脇の広場の地下に位置していて、地下にある礼拝堂のようでした。地下の礼拝堂ってなんか怖い・・・数百年を経た呪いにかかったり、当時の最近を吸い込んだことで壁をすり抜けられる特殊能力を得てしまうかもしれない・・・と、ずっと1人で行くのを躊躇していました。
そこに現れた古代ローマ&ローマ遺跡マニアさん!この人ならシュテファン大聖堂に連れて行くよりもこっちの方が気に入ってもらえるかも!と思い、お誘いしてみました。

4度目の独立記念日
今回のパリ訪問、パリ祭と呼ばれる独立記念日とやらのお祭り(単に14 Juilletと呼ばれる)に重なりました。去年、どこぞのアメリカ大統領が見て感銘を受けて今年ワシントンで真似したというやつです。おかげで街中に警官with機関銃。装甲車。あまり治安の悪い場所を訪れなかったせいもあってか、そんなに治安の悪さを感じないままに過ごすことができました。

未だ数多くない海外旅行経験ですが、何気なく訪れた日が独立記念日とか建国記念日というパターンは、これで4度目です。 “4度目の独立記念日” の続きを読む
The Great Wall 慕田峪長城
学会最終日、数日前から相談して予約してあった万里の長城へと、某研究所の研究者の方に混ざっておっさん4人で行ってまいりました。
ホテルのコンシェルジュで(コンシェルジュって初めて使った!)4名で乗られるタクシーをチャーターして北京中心部から1時間ほどで行けるという慕田峪長城に行ってきました。有名なのは、八達嶺長城というところだそうですが、混んでいるそうなのでマイナーな方を選択。
さて、オーダーしたのはAudiだったのですが、やってきたのはBMWです。おっちゃんの運転はタクシーに比較してマイルドですが、日本ならあおり運転や危険運転でとっくに逮捕されていることでしょう。
観光地なのにろくに英語も通じない、置いてあるガイドマップは不親切すぎて意味不明、チケットを売ろうとするおっちゃんがお追いかけてくる・・・いろいろ意味不明なことがありましたが、さすが研究者の皆さん、状況判断から最適解を探し出し共通理解を以って決断する繰り返しでした。 “The Great Wall 慕田峪長城” の続きを読む
コンプリートしたい何か
ウィーンの星集めが終わってしまい(→専用ページまで作ったのに!)、次に集めるものを考えています。星の代わりに、音楽家のお墓というのも考えましたが、一人で墓場をウロウロするのもちょっと・・・。
やりやすいのは、教会です。数も種類も豊富で、やりがいあること間違いなし。先日、教会に入るとこんな冊子が置いてありました。5/24、夜遅くまでウィーン中の教会でイベントがあるようで、ほぼウィーン中の教会が地図とともにリストアップされています。これに沿って歩き回ればウィーンの教会をコンプリートするのも無理ではなさそうです。(暇か!というツッコミは置いといて。)
蛾天使
堕天使とは、主なる神の被造物でありながら、高慢や嫉妬がために神に反逆し、罰せられて天界を追放された天使、自由意志をもって堕落し、神から離反した天使である。(出展:wikipedia)
朽ちる、散る、堕ちる。
先日、ウィーンで古楽器の博物館に行ってまいりました。専門家のお二人の講釈を伺いながら、年代順に並んだ古楽器が徐々に進化していく過程を見るのはとても楽しかったです。ある段階でほぼ完成した形になって以後、現代とはさほど違いがなくなってきます。どれも吹けば、叩けば、鍵盤を押せば、回せば、何らか音が出るだろう感じなのはわかるのですが、それぞれ異なる仕組みが採用されては淘汰され、音が良く強いものだけが生き残るという、生存競争さながらです。
ウィーンのつまずきの石(Stolpersteine)
皆さんが帰られてすっかり静かなウィーンとなりました。その後、天気もちょくちょくぐずついています。今朝は起きたら大雨でしたので、二度寝しました。
改元の騒ぎをニュースで見て、カウントダウンイベントをしたりディスコで踊ったり盆踊りしたり何も見えない皇居に行ったり飛行機から初日の出を見たり、どうやって祝ったらいいかわからない人たちが好き勝手にやっているのをウィーンから興味深く見ていました。これぞ、盆と正月が同時に来たってやつだ。平和で大変良いと思いました。私はそんなよくわからない日本国が大好きです。ちょっと離れちゃったけどね。
今日はちょっと以前にフレンチ上司(?)から教えてもらってから書きたいと思っていたことの端だけ書きたいと思います。東京から友人が遊びにきてくれていた時、たまたま帰宅するフレンチ上司(?)と駅で出会いました。私たちが立ち寄ろうと思っていたカフェへ行く道が、フレンチ上司(?)の降りる駅と同じだったので、何の気なしに「この駅の近くに美味しいレストランとかある?」と聞いたが最後、お話好きのフランス人は2件ほどのレストランの前まで連れて行ってくれました。そのうちの1件がグルジア(現ジョージア)料理のお店で、翌日に友人と行ってみるととっても美味しかったです。隣には有名なラーメン店もあります。
レストランを紹介してもらって、「じゃ!」と別れようとした時、「ちょっと見せたいものがあるんだけど、2、3分いいだろう?絶対興味深いと思うから、見て損はないから。」的なことを言って連れていってくれたのは、ユダヤ人地区です。シナゴーグ(ユダヤ教の礼拝堂)があった場所、現在の学校、今でも警察が警備していること、今も多くのユダヤ人の人が暮らしていること、などを説明してくれました。 “ウィーンのつまずきの石(Stolpersteine)” の続きを読む
鉄筋の屋根
先週、4日間連続で飲んで最後の5日目にギブアップしましたが、土曜日の朝起きたら完全に風邪をひいていました・・・。グロッキーな週です・・・。
Spargelはすくすく太くなり、こんな状態になっています。

マーケットでは、もはや売っている単位がkgとなっております。

さて、世界中を駆け巡ったノートルダム寺院の火災ですが、今朝のセクションのカフェタイムでもその話で持ちきりでした。パリのノートルダムと同じようにウィーンのシンボルであるシュテファン大聖堂。シュテファン大聖堂は、戦時中に一度火災により破損しています。終戦直前のある日、爆撃ではなく、ソ連兵の進行の時に何者かが近隣に放った火が強い風に乗って飛んできての火災だったそうで、今回のノートルダムと同様に木製の屋根の部分が焼け落ち、それだけでなく内部も相当の被害を受けてパイプオルガンもダメになったのだそうで、現在のパイプオルガンは電子的に制御のもので1960年に寄付により再建されたものだそうです。それからその時の火災にて、南側の塔の鐘も落下して壊れたのだそうです。



