Sturmシーズンの到来と伝道活動

 

日本の遠く南西にある国から、東南アジア人の元同僚君がやってきました。

「来週、ウィーンにいる?」

全く別の部署が関係する会議のために来るよと連絡があったのは、本人が到着するたった2日前です。彼は以前にも国の仕事でこちらに来ていたことがあって、同じ会議に参加するのだということでした。冬にしか来たことがないから夏はどんなものか知らないのだそうです。

いるよー。と返事すると、日曜日の早朝の便で到着すると言います。じゃあ、ランチでも食べようぜ!と、落ち合ったのが先週の日曜日。11時には一度ホテルに行って荷物預けてくるからとのことでしたが、ウィーンは空港も小さいし街も近いし、たぶん9時くらいには連絡あるだろうなぁ・・・と思ったら予想通りでした。Praterstern駅で待ち合わせです。でも、ランチを食べに行くにはどう考えても早過ぎます。とりあえず時間稼ぎに目の前にある観覧車に乗せてみました。

 

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ヴィルギル礼拝堂 Virgilkapelle

Stephansplatzで地下鉄から地上に上がって行く途中に、謎の空間があります。ずっと前から気になっていました。調べてみるとそこは、シュテファン大聖堂の脇の広場の地下に位置していて、地下にある礼拝堂のようでした。地下の礼拝堂ってなんか怖い・・・数百年を経た呪いにかかったり、当時の最近を吸い込んだことで壁をすり抜けられる特殊能力を得てしまうかもしれない・・・と、ずっと1人で行くのを躊躇していました。

そこに現れた古代ローマ&ローマ遺跡マニアさん!この人ならシュテファン大聖堂に連れて行くよりもこっちの方が気に入ってもらえるかも!と思い、お誘いしてみました。

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人が立ってるのは同じ場所

 

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Paris観光記録

パリに行って雨樋ラウンドアバウトを見ていたわけではなく、ちゃんと観光&ショッピングもしてきましたので、今回はその雑多な記録を。雑多とはなにごと!むしろそれが主題のはずだろう!というご指摘は置いといて。

今回のパリ、サッカーゲームでのナイジェリアの勝ち上がりの度に街中は大騒ぎになり、クラクションの嵐、ほぼ暴動レベルだったようでして、朝になると燃え落ちたバイクや焼け跡があちこちに。

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濡れてカート

 

朝起きると昨日の夜の雨と曇り空のせいか過ごしやすい気温になっていましたので、ベランダに出てのんびりコーヒーでも飲もうと腰掛けると、そこには雨が溜まっていてびしょ濡れになりました・・・。

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気を取り直して涼しいうちにちょっと運動でもと思い、自転車で20kmほど走ってきました。 “濡れてカート” の続きを読む

斜蠟燭

書くことがないわけではないわけではないんですが、ちょっと筆が進んでなくてドラフトに溜まりっぱなしです。

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夏のお昼のシュテファン大聖堂
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人はいるけどお店はどこも開いていない日曜日の様子。夏だけでも日曜日も営業すればいいのに。商売根性は、無いようです。

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Francesco d’Assisi アッシジのフランチェスコ

日本を出ることが決まってからの最後の夏の日、大阪にお墓まいりに行きました。でも、目的はお墓参りというよりも、別のお墓を探すことでした。

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淀川

父方の祖母は、キリスト教徒でした。

祖母と同居していた、とある巨大公共組織にいた父の兄は、きっと強い人ではなかったのでしょう、いつしかアルコール中毒になり、その治療・リハビリの過程でキリスト教に改宗しました。治療はとても長く、その間、親戚付き合いもありませんでした。私が高校生になり、先に私の父が亡くなり、間もなくして私は働き始めました。

その頃には、父の兄も法事に顔を出すようにはなっていました。 “Francesco d’Assisi アッシジのフランチェスコ” の続きを読む

コンプリートしたい何か

 

ウィーンの星集めが終わってしまい(→専用ページまで作ったのに!)、次に集めるものを考えています。星の代わりに、音楽家のお墓というのも考えましたが、一人で墓場をウロウロするのもちょっと・・・。

やりやすいのは、教会です。数も種類も豊富で、やりがいあること間違いなし。先日、教会に入るとこんな冊子が置いてありました。5/24、夜遅くまでウィーン中の教会でイベントがあるようで、ほぼウィーン中の教会が地図とともにリストアップされています。これに沿って歩き回ればウィーンの教会をコンプリートするのも無理ではなさそうです。(暇か!というツッコミは置いといて。)

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早朝散歩

 

ある土曜日、ちょっと用事で朝早くに家を出ました。待ち合わせの場所に早く着きすぎたので、ヨハンシュトラウスの像で有名なStardparkを少々お散歩しました。

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しっかり中を歩いたことがなかったのですが、ウィーン川(と地下鉄U4)を挟んで公園がひろがり、池もあります。

鳥もお休みしています。

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ペンギンもいます。

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鉄筋の屋根

先週、4日間連続で飲んで最後の5日目にギブアップしましたが、土曜日の朝起きたら完全に風邪をひいていました・・・。グロッキーな週です・・・。

Spargelはすくすく太くなり、こんな状態になっています。

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マーケットでは、もはや売っている単位がkgとなっております。

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さて、世界中を駆け巡ったノートルダム寺院の火災ですが、今朝のセクションのカフェタイムでもその話で持ちきりでした。パリのノートルダムと同じようにウィーンのシンボルであるシュテファン大聖堂。シュテファン大聖堂は、戦時中に一度火災により破損しています。終戦直前のある日、爆撃ではなく、ソ連兵の進行の時に何者かが近隣に放った火が強い風に乗って飛んできての火災だったそうで、今回のノートルダムと同様に木製の屋根の部分が焼け落ち、それだけでなく内部も相当の被害を受けてパイプオルガンもダメになったのだそうで、現在のパイプオルガンは電子的に制御のもので1960年に寄付により再建されたものだそうです。それからその時の火災にて、南側の塔の鐘も落下して壊れたのだそうです。

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Erratum 雨どい

 

これでも科学者のはしくれです。気づいてしまった間違いは正さざるを得ません。

以前に、1区の中ではまず雨樋が見つからない、という表現をいたしましたが、この度、雨樋群生地を見つけてしまったのでここに訂正させていただきたいと思います。

まず一つは、ちょっと前に撮ってあった写真を見て気づいていた聖ペーター教会。先日、改めてぐるりと一周してみたところ、なぜか全体に雨樋まくりでした。この教会だけで、5、6本といわず10本くらいついてるかも。なんだこれ。

 

歩みを進めると、この聖ペーター教会の裏側(北側)にかなり古い街並みと石畳が残っているエリアがあるのですが、ここに雨樋が群生(地面から生えていますから)しているのを発見しました。 “Erratum 雨どい” の続きを読む

ひどいくどいあまどい

 

まだまだプラハ自慢話をすると思うでしょう?いいえ。また雨どいの話をしてもいいですか?

ウィーンに来て真っ先に気になったのがこの記事で書いた雨どいのことです。ウィーンの建物には、雨どいがないのです。ない。本当にない。中心部であるリングの内側(ウィーン1区)ではまずもってなかなか見つからない。リングを出ても古い建物では決して見つからない。(新しい建物など、稀に出現はしますが、大多数についていないのです。)雨が降ると、「雨水の排水どうなってんの!!!」って、叫びたくなります。

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誰かウィーンで雨どい見つけて・・・

建物の上部(屋根の真下)に見えなくはないのですが、地上高まで降りてきている筒状のものがないのです。どうやって雨水は地上に至っているのか、私の中でウィーンの最大の謎です。気になって眠れないレベルです。

またどうでもいい事を言い始めたと思っているでしょう?聞こえてますよ。

実は、今回、プラハに行った目的の一つが、雨どいの確認だったんです。昨年末に、ブダペストは確認済みなのです。その結果をご報告したいと思います。

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環境に優しいキャンドル

ウィーンから乗った電車が遅れまして、本来は間に合うはずだった聖ヴィート大聖堂のオープン時間には間に合いませんでした。しかもお城の領域に入るための手荷物検査が導入されていて、手荷物検査と金属探知機の通過に並ぶ必要がありました。これも重なって、大聖堂の前に立った時には、教会の冷たい鉄の扉は閉まっていました・・・。お城に向かうあの坂、駆け上がったんですよ。40超えたおっさんとおばさんが。

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翌日、気を取り直して、今度はオープン直後(日曜日は正午から)に合わせて行ってみると、お城エリアに入るための正面のセキュリティはこの行列です。でもレーンがたくさんあり通過には10分もかかりませんでした。でも観光シーズンには1時間も並ぶこともあるのだとか。

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印象的な2つの塔のヴォティーフ教会

何度か通りかかっては通り過ぎるだけだった印象的な2つの塔を持つゴシック様式の教会が、Schottentorという駅を地上に出たところにあります。

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Votivkirche, Wien

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天使の数え方

2012年頃にふと湧いた疑問があります。長らく忘れていたのですが、一昨年くらいからまたふつふつと湧き上がって来ました。

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ついてるの?

天使よ、君たちは、男なの?女なの?

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ウィーンで迎える2019年

暖かい新年となりました。夜中に、カウントダウンイベントに出かけて行っても、ダウンジャケットいらないんじゃないかと思うようなレベルでした。例年の、雪の森の中を歩き回り駆け回り滑り回っていた年末年始とは、大違いです。日本の豪雪のニュースを見て、いつもならワクワク、明日はどこへ行こうかと天気図とにらめっこをしていた日々は、遠く彼方に離れて行ったようです。

思えば、異国で年始を迎えるのも初めてだと思います。ニューヨークのタイムズスクエアのカウントダウンイベントとかベタなものにも憧れるのですが、まずはウィーンから楽しもうと、どこにも出かけずにウィーンに留まることにしました。

ここでまず、今後のために2018年のクリスマス近辺のウィーンの様子をメモしておきましょう。

12/22(土)お店もクリスマスマーケットもものすごい人出。
12/23(日)ものすごい人出なのに、やっているのはクリスマスマーケットだけ。
12/24(月)ほとんどのお店が午後13−14時で閉店。やっているのはクリスマスマーケットだけ。
12/25(火)祝日 どこもやってません。何もかもやっていません。クリスマスマーケットも閉店。何もない。本当に何もありません。
12/26(水)祝日 家を一歩も出てないので不明。でも前日と同じと思われます。
12/27(木)お店再開。すごい人出。セール。
12/28(金)通常営業
12/29(土)通常の土曜日
12/30(日)通常の日曜日
12/31(月)ふたたびお店は13時ごろすべて閉店。ただし、街中は14時ごろからイベントだらけで、イベント間を移動する人だらけ。クリスマスマーケットの残骸+イベントブース多数。
1/1(火)祝日 しーーーん

以下は、クリスマス後のクリスマスマーケットが新年イベント会場に転換している様子です。多くの場所では、クリスマスツリーもそのまま存在しています。1/7をクリスマスとして祝う正教(かな?ロシア人やウクライナ人から聞いたことがある。)もあるそうで、そういう宗派(?)への配慮なのか適当なのか・・・。

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ブダとペストのクリスマス

土曜日、Belgrade(ベオグラード, Beograd, Београд)行きの電車に乗って、ハンガリーの首都ブダペストに行きました。ウィーンから、電車で2.5時間、ちょっとした日帰り小旅行です。

はて、Belgrade、Beograd、ベオグラード…ってなんだったけ・・・遠い昔、子供の頃によく聞いた名前です。帰ってからWikipediaを見ると、そこは旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の首都でした。1990年代、小学生〜高校生だった頃にテレビで見た印象的な遠い国の出来事の一つが、ユーゴスラビアに関わる一連の紛争でした。現在のベオグラードは、セルビア共和国の首都です。Wikipediaに、ユーゴ紛争について非常に端的にまとめられていました。どのように変遷してきたかは、こちらの図が興味深いです。

1990年近くになると、ソ連国内においてはゴルバチョフ指導による民主化が進み、ルーマニアにおけるチャウシェスク処刑に代表される東欧民主化で東側世界に民主化が広がり共産主義が否定されると、ユーゴにおいても共産党による一党独裁を廃止して自由選挙を行うことを決定し、ユーゴを構成する各国ではチトー時代の体制からの脱却を開始する。また、各国ではスロボダン・ミロシェヴィッチ(セルビア)やフラニョ・トゥジマン(クロアチア)に代表されるような民族主義者が政権を握り始めていた。ユーゴの中心・セルビア共和国では大セルビア主義を掲げたスロボダン・ミロシェヴィッチが大統領となり、アルバニア系住民の多いコソボ社会主義自治州の併合を強行しようとすると、コソボは反発して1990年7月に独立を宣言し、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となった。

1991年6月に文化的・宗教的に西側に近いスロベニアが10日間の地上戦で独立を達成し(十日間戦争)、次いでマケドニア共和国が独立、ついで歴史を通じてセルビアと最も対立していたクロアチアが激しい戦争を経て独立した(クロアチア紛争)。ボスニア・ヘルツェゴビナ1992年に独立したが、国内のセルビア人がボスニアからの独立を目指して戦争を繰り返した(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争)。セルビア国内でもコソボ自治州が独立を目指したが、セルビアの軍事侵攻によって戦争となった(コソボ紛争)。その後、マケドニア国内に大量のコソボ地域のアルバニア系住民が難民として押し寄せてたことから、マケドニアにも飛び火した(マケドニア紛争)。

先週、東京に戻った帰りに羽田の書店でことりっぷ(オシャレ地球の歩き方とでも思ってください)を買ってきました。普段は、行き当たりばったりで何も調べずホテルすら直前まで取らずに旅に出てしまうのですが、時々、このような本も参考にします。今回、羽田で目についたので買ってきたのは、クロアチアでした。あの頃、憎しみあい、殺戮しあい、破壊しあった国々の一つが、今はもうことりっぷに取り上げられるほどの観光地になっているのだと思うと、ちょっと胸が熱くなりますが、Wikipediaのクロアチアのページにある「民族浄化の最も成功した例といえる。」の一言に、ぞっとしました。けれどもいつか、この本を片手に旅しなければと思います。

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飲みません書くまでは

クリスマスマーケットが始まりました。納期が今日だというのに、まだ完成していない原稿があります。ただ、バタバタとして全くやるべきことが追いついていません。なので、自分に1時間だけと約束して、走ってクリスマスマーケットと点灯されたはずの街の飾りを見てきました。

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クリスマスがやってくる!!!

今週は、前半、ウィーンの街は真っ白でした。窓から何も見えません。いつもは見えるはずの街も、電車も霧の中。週の後半は晴れまして、昨日と今日は夕日がとても綺麗でした。

まだアパート探しをしています。ある人は1件目で決めたと言い、ある人は数ヶ月ずつ3件住んでから4件目で決めたと言い、ある人は6回内見したけどそのうちの1件は同じところだったと言い、ある人は値段で選んだと言い、ある人は大家で選んだと言う。だいたい5件も見たら決まるでしょう〜って感じみたいですが、私は9区、3区、4区、5区、3区、3区、7区、6区、1区・・・。で、まもなく10件目です。ここで、上司である王様に「1区に住むのはどう思います?」って聞いてみたら「Are you crazy?」って大笑いされました。夢の19区はどこへ行ったんだよって。だって見つからないんだもん!!!と逆ギレしました。そんなわけで、内見のためにあちこち歩いていると少しずつウィーンに詳しくなってきました。

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Austria’s National Day

 

東京から送った航空便の中に、自転車を入れました。自転車といってもロードバイクなのでそこまで嵩張らないのですが、サイズ制限や容量制限のうるさい航空便ですので、できるだけ小さくなるよう、前後タイヤ、サドル、ペダルを取り外し、ハンドルとステムも向きを変えて固定、ディレーラーがやられないように緩衝材を詰め、スポイラーが折れないようにタイヤを毛布でくるみ、引越し屋さんが全体を紙とプチプチで包んでくれて東京を出発しました。早速、ウィーンに届いた自転車を組み立てて、抜いてあったタイアの空気を入れ・・・て・・・

と、ここで気づいたのです。ハンドポンプしかないことに・・・。

これは辛いです。私の力では、80入っていいところでしょうか。100なんて絶対に無理です。もちろん、インジケータがないのでどれだけはいったかもわかりません。触り心地で決めるわけですが、どれだけ頑張ってもフロアポンプで入れたような硬さにはなりません。

ところで80とか100って何の単位でしたっけ・・・?100気圧?(死んでしまうわ!)思わずググってしまいました。答えは、アメリカで主に使われているPSI(Pound per Square Inch)でした。100PSIで、約0.7Mpa程度です。換算が結構難しいです。そんなことを調べながら、汗だくになりながら、ハンドポンプで空気を入れていたら、外から何か音がする・・・。あ、雨・・・。ロードバイクで雨のヨーロッパのツルツル石畳は、死ねる・・・。見送りました。それが先週のことでした。

そうして、今週再び、汗だくになって空気を入れ直しました。フロアポンプを買おう・・・。

そんな今日は、オーストリアの休日です。その名もAustria’s National Day。1945-1955年の連合国軍による占領時代が1955年10月26日に終了し、オーストリアは永世中立を宣言したのだそうです。その記念日のようです。朝起きて地図を見ると(行きたいところがあったので)、街中に通行止め箇所があります。

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