昨晩は、若者さんお二人を連れ込み、鍋パを致しました。鍋の写真はありません。
いつもは、日本屋さんという日本食材店に行くのですが、今回は時間があったので通りすがりの中華食材店なども価格調査に行ってみました。結果、ほとんど値段の差って1ユーロ以下のところでした。日本屋の方が安いものもあって、結局全て日本屋で取り揃えることに。何といっても、お店に入った瞬間、「いらっしゃいませ〜」と言ってもらえるのが良いです。

全身が、星と矢と、氷とひかりの三角四角のあつまりで、さながら教会の玻璃窓です。きらきらする花びらをいっぱいつけた花です。レースのようでもダイアモンドのようでもあります。とはいえ、何よりもまず雪のひとひら自身であって、なかまの誰にも似てはいません。幾百万という雪たちがおなじ吹雪でうまれたわけなのに、それでいて一つとして互いにおなじものはないのです。
「雪のひとひら」 ポール・ギャリコ
雪のひとひらという短い本があります。山に降った雪のひとひら。春になり融けて小川となり、川となり、海に流れ、そしてまた雲の中に吸い込まれて行く。そんな物語です。(だったと思います・・・。)「猫語の教科書」や「ジェニィ」等で有名なポール・ギャリコです。ギャリコって「コ」がつくから女性だと思い込んでたんですよね。読んだのは高校生くらいですから、ポールが男性名だなんて苗字と名前が逆だなんて理解していません。あれ、理解しているはずか・・・。もちろん、ポールですから、おっさんです。それも、こんな可愛い文章を書きそうもないような。

あれから、お風呂で背中を優しくホールドしてくれる・・・が、見つかった(≧∇≦)って話、しましたっけ(≧∇≦)。お風呂が広い上に滑るから、私の背後で背中を優しくホールドしてほしいって言ってたじゃないですか。お風呂で背中をホールドしながら、シャンパンでも飲みつつ映画でも見てくれる・・・は、いらっしゃいませんか?って言ってたじゃないですか。
見つかったんです・・・。
優しくホールドしてくれるんです。
恥ずかしいけど・・・ご紹介しますね。
子供の頃、くる日もくる日も大量のレコードを異国の音楽を異国のものとも知らず勝手に聴いていました。ピアノの練習はせず、ピアノの横にあるスピーカーの横にずっと座ってレコードをガサガサしていました。子供だから、どこから出したレコードかわからなくなっちゃうんですよね。それで、どんどん組み合わせがめちゃくちゃになっていって、ジャケットの絵は覚えてるけど、聴きたいのはこれじゃない・・・。またレコード全部出して、片っ端から聴いてみるしかないのです。一人っ子だから暇でしたし。
日本語もおぼつかない子供の頃って、英語なんて知らないし聴いたまま歌っちゃいますよね。語感をそのまま覚えていて、大人になってよく考えて歌詞を書き出してみると、くだらねー歌だな!!ってことも多いですよね。
しかし、中でも苦戦したのがJanis JoplinのMove Over。これだけは、今でも語感を頼りにしても100%は歌詞が書き出せない曲です。確か、B面の真ん中へんにMercedes Benzが入ってたんですが、曲の先頭位置に正確に針を落とすことができたのを覚えています。
東京を離れる直前、ふと立ち寄った東急百貨店で古書祭りをやっていまして、何冊か昔よく読んだ作家のまだ読んだことがない古い小説を買ってきました。なんてことのない結論も曖昧な恋愛小説だったのですが(この人、こんな恋愛小説も書く人だったんだと再発見はしたものの)、知らなかった衝撃の事実が現れました。

気分転換に、昨日書いた記事をもっと遡って雪との縁の始まりを書こうと思って、ちょうど引っ越してきたばかりで普段は押入れの奥にあるような古い写真がリビングに転がってる段ボールから簡単に取り出せるので、ごそごそしてみました。
先週木曜日、午後から雪が強まりました。
割ってしまったお皿を買い直そうと、いつもと異なる路線で帰って駅を降りると・・・職場よりも降っていたようで積もった雪が踏み固められた歩道が滑ります。ヒールで歩いてる人など、誰一人としていません。そもそもヒールを履いているおっさんがいないのです。でもお皿を買いに来たのです。目的は達成したい。しかし、これで帰りに転んでまたお皿を割ってしまっては、ネタにしかなりません。流石の私もそこまでネタになるのはなんとか避けたい。慎重に慎重に10cmずつ匍匐前進で帰りました。匍匐してませんけど。

(時間指定自動投稿)
時間がないので、再び書き留めてある小ネタを放出する時がやってまいりました。
愛するSTURMがあったのは、9月〜10月の期間限定でした。スーパーで売っていることを知り、なくなりそうになったら何度も買い足し、発酵中に発生している炭酸で溢れぬよう大事に抱えて持ち帰りを繰り返しました。連れて行っていただいたあちこちのレストランでも飲みました。
そして、10月が終わり、街からすべてのSTURMが消えてしまった寂しさ。いつもそこにあったはずのSTURMの姿が見えなくなくなってしまった哀しみ。空洞です。でも、ゆら帝は嫌いです。

帰り道、駅を降りて駐車場をテクテクと横断していると、一台の白いタクシーがやってきました。駐車場から道路に出る直前、
という音。あーーあ、歩道にでもバンパーの下を擦ったのかね。かわいそうなタクシー。
“シャーシに噛んでても知らないけど” の続きを読む暖かい新年となりました。夜中に、カウントダウンイベントに出かけて行っても、ダウンジャケットいらないんじゃないかと思うようなレベルでした。例年の、雪の森の中を歩き回り駆け回り滑り回っていた年末年始とは、大違いです。日本の豪雪のニュースを見て、いつもならワクワク、明日はどこへ行こうかと天気図とにらめっこをしていた日々は、遠く彼方に離れて行ったようです。
思えば、異国で年始を迎えるのも初めてだと思います。ニューヨークのタイムズスクエアのカウントダウンイベントとかベタなものにも憧れるのですが、まずはウィーンから楽しもうと、どこにも出かけずにウィーンに留まることにしました。
ここでまず、今後のために2018年のクリスマス近辺のウィーンの様子をメモしておきましょう。
12/22(土)お店もクリスマスマーケットもものすごい人出。
12/23(日)ものすごい人出なのに、やっているのはクリスマスマーケットだけ。
12/24(月)ほとんどのお店が午後13−14時で閉店。やっているのはクリスマスマーケットだけ。
12/25(火)祝日 どこもやってません。何もかもやっていません。クリスマスマーケットも閉店。何もない。本当に何もありません。
12/26(水)祝日 家を一歩も出てないので不明。でも前日と同じと思われます。
12/27(木)お店再開。すごい人出。セール。
12/28(金)通常営業
12/29(土)通常の土曜日
12/30(日)通常の日曜日
12/31(月)ふたたびお店は13時ごろすべて閉店。ただし、街中は14時ごろからイベントだらけで、イベント間を移動する人だらけ。クリスマスマーケットの残骸+イベントブース多数。
1/1(火)祝日 しーーーん
以下は、クリスマス後のクリスマスマーケットが新年イベント会場に転換している様子です。多くの場所では、クリスマスツリーもそのまま存在しています。1/7をクリスマスとして祝う正教(かな?ロシア人やウクライナ人から聞いたことがある。)もあるそうで、そういう宗派(?)への配慮なのか適当なのか・・・。
さて、年越しの花火のフライングがあちこちから響き渡っています。日本では個人では上げられないんじゃないの?っていう規模の花火があちこちから上がります。もう少ししたら、年越しイベントに向かってみようと思います。
こちらは、夕方の時点での喧騒です。
私がしおらしく今年を振り返り、日本を離れウィーンの地に暮らし始めたことや、来年の目標を、私が述べると思いますか?その前に、面白かった本の話をしなければなりません。
今年は特に、本を読んでいる時間はあまりなかったのでとても限られた中からですが、これだけはオススメしたいのがこちら!
年末だし、一年を振り返り、今年を総括し、来年の目標を述べると思うでしょう?いいえ、水垢の話をします。
ヨーロッパの水は、ミネラル(MgやCaなどのMetal ions)が多く含まれた硬水です。これまで、週1回のお掃除サービス付きアパートにいましたので、全く掃除をしなくてよかったんですが、引っ越してきてその脅威に気づきました。引っ越し後の数日したある日、お風呂場のお風呂脇にあるガラス(写真右側)が真っ白になっていることに気づきました。
大変だ〜〜〜!!!

料理を再開しました。引越して生活も落ち着いてきました。料理を始めてみると、体調も良くなった気がして、集中できるようにもなりました。ずっと疲れてるのかな、と思っていたけど、原因は食事だったようです。お昼はカフェテリアでできるだけ食べるようにしていても、バランスが悪かったのかなと、この2ヶ月ほどインスタントパスタや焼きそばばかり食べていたことを反省しています。食べ物って、重要。
さて、ずっと試してみたかったのがお鍋です。日本からの船便を受け取り、土鍋もガスコンロもあります。白菜も春菊も薄切り肉も手に入るのなら、やらないわけにいきません。ガスボンベも手に入れて、持ってきたコンロと土鍋で、完璧なお鍋ができました。んまい!日本の味って優しい〜。久しぶりに感動しました。



引っ越してすぐ、洗濯機を購入してinstallしてもらいました。不動産屋さんにおすすめしてもらったサイトで注文すると、私より英語がイマイチのおっちゃんから電話がかかってきて、二人して混乱しながらなんとか日程調整して来てもらえました。
ところが、だ。



週末をかけて、随分と生活が整ってきました。やっと、人間らしい生活ができるようになりました。年末になって、気持ちも落ち着いて、いろいろなことを考えられるようになってきました。
当初、私はAltbau(Old building)で、中がリノベートされた物件を探していました。慢性住宅不足で何年も待たねばならないストックホルムとは違い、ウィーンでは比較的豊富に物件があり流動性が高くて東京とさほど変わらない印象です。WILLHABENという有名なサイトでAltbauのリストだけ見ても1500件ほど出てきます。数としては結構あるのですが場所が不便だったり何か問題があったりで、私は、なかなかいい物件には出会うことができませんでした。
で、最後に出会ったのが、周りの環境は抜群に良くて、暮らしやすくて、通勤もしやすくて、でもAltbauではない、むしろ、新築の物件でした。新築の物件というと壁がペラペラで日本の古い集合住宅みたいなのを懸念したのですが、壁もAltbau並みにしっかり厚くて、憧れの最上階ではないものの最上階に近い階です。それに、周りの建物がいい感じですので窓からの景色は、ヨーロッパ〜。

Altbauの建物では、屋根が斜めになっていて、その屋根裏部分の部屋をDachgeschosswohnungとかDG Wohnungとか呼ぶようです。夏は暑いとのことだったのですが憧れていました。空調が付いていればなおよしです。
“コタツで鍋パしよう。” の続きを読む
職場の食堂のパスタコーナーのおっちゃんが、クリスマスに雪が降ってホワイトクリスマスだったのは2005年が最後でそれ以降ないんだと言っていました。

しかし、今年は11月の中旬から雪が舞ったり少しだけ積もったりしていたので、期待していたのですが、昨日と今日はものすごく暖かいです。少しだけ残っていた雪も全て溶けてしまいました。
“円形融解症候群” の続きを読む引っ越しました。
長かったアパート探しを終えて、ここという場所に決めてからはあっという間に契約、鍵の受け渡し、元のマンスリーアパートからの荷物の移動、日本からの船便の受け取りが約1週間の間に凝縮されてしまいました。
ウィーンでのアパート探しについて、私は大変苦労しましたので、その結果得られた情報をまとめておきたいと思います。私は単身者で、ご家族連れの場合は、さらにインターナショナルスクールやローカルスクールへの通学など考慮するとかなり限られるのかと思います。
基本的な不動産契約の仕組みは、日本とほとんど変わりません。大家がいて、仲介業者がいて、借主がいます。敷金(deposit)は大家に、仲介手数料(comission)は仲介業者に支払います。契約書の条項に注意が必要なことも日本と同様です。