プラハと言えばピルスナービール発祥の地です。

ビール以外にもビール関連商品が色々とありました。その1つがこちら、ビールシャワージェルにビールバスオイル、ビールバスソルト、ビールボディピーリングに、ビールヘアバーム、ビールボディクリーム… “無制限のビール” の続きを読む

TALES FROM THE VIENNA FOREST
プラハと言えばピルスナービール発祥の地です。

ビール以外にもビール関連商品が色々とありました。その1つがこちら、ビールシャワージェルにビールバスオイル、ビールバスソルト、ビールボディピーリングに、ビールヘアバーム、ビールボディクリーム… “無制限のビール” の続きを読む
子供の頃から、予習と復習を最大の苦手事項とし、ただ気の向くままに生きて参りました。コンサートに行くとなると、事前に音楽を聴いて楽しいところを予習しておくと、より楽しめるというのは、クラシック、ロック、ポッポス・・・ジャンルを問わず広く共通します。しかし、予習が苦手な私は、よほど一発で気に入らいない限り、予習はそこそこに聴きに行って生で聴いてから、とても気に入るというパターンが多いです。今日のプログラムがまさにそれでした。



コンサートを何ヶ月も前から計画して待ち構えていることもほとんどありません。ネットで流れてきた情報や街にある広告を見て「おや?」と思って当日券や直前の切符購入で行きます。今回は、3週間前に街角に貼られたポスターを見て、広告を貼るくらいだからさてはまだチケットがあるんだな〜と思い、帰宅してサイトを開いてみると、前過ぎず後ろすぎない超ど真ん中が、1席だけぽかんと空いていました。脇とか2階席も開いていましたが、迷わずここを選択。実際に着席した時の風景を並べてみました。
“チェレスタの出番はいかほどだったのか” の続きを読む
クリスマス後くらいから、ショーウィンドウにはずっとこのようなドレスが飾られています。ウィーンでは2月末ごろまでBall(舞踏会と訳すのが正しいのでしょうか)のシーズンであるためであるようです。こちらに2019年のスケジュールがありますが、主だったものだけでも10個以上、年間で450 ballsもあるんですね。中には法曹界主催とか、いかにも!という感じのものもあります。(やっかみ)




実は、ここだけの話ですが、本ブログを書いているおっさんには女装趣味がありまして、大変憧れています。一生に一度でいいから、こういうの着て舞踏会に行ってワルツを踊ってみたいものです。あんなにくるくる回ったら目が回っちゃいそうです。そもそも、おっさんですけど。
ところで、市庁舎の前のスケートリンクの脇には、結構いろいろと食べられる屋台が出ています。
“Ball Season” の続きを読む
こんにちは。今、話題の森羅万象です。
週末は、数時間だけウィーンで遊ぶことを自分に許可しているのですが、今日は、前は何度も通っているものの行ったことがなかったゴシック教会に行ってきました。それはさておき(?)、愛しのクリスマスマーケット無きあとの市庁舎前のスケートリンクがどうなっているのか、ずっと気になっていました。
ゴシック教会を出て、どうせなら市庁舎を通って歩いて帰ろうかなと思い、てくてくと市庁舎方面に歩き出しました。そして通りかかった市庁舎前の広場。たくさんの人。出店。そして大きなスケートリンク。しかも、2階建でスロープまであります。クリスマスマーケット跡地は、全領域がスケートリンクになっていました(今年は1/19から3/3まで)!すっごい!







さらにさらに、スケートリンクの使用料は安くて1日券でも8ユーロです。そのうえ、夜の10時まで営業していて、最後の30分は無料です。(デポジットが2ユーロ)マジですか!そんな遅い時間なら昼より空いてて、下手でも恥ずかしくなくていいかもしれない、と考えます。

次に私がすることは、ええ、ご想像の通りです。
“ウィーンでスケート” の続きを読む電車にて早朝にウィーンを発って現地入り、夕方にゲレンデを出てウィーンに戻るという日帰りスキー旅行のレポートです。
日本でも、電車でスキーには行ったことがないと思います。ほぼ100%自家用車で、一度だけ興味本位で夜行バスで行ったことがあります。さて、電車となると、荷物をどうやって持って行こうかと悩みます。
日本でしたら、エッジむき出しの板を電車で運ぶなんて非常識という認識がありますが、生で板を持って歩いているウィーンの人たちを何度か見かけました。山登る時のスタイルで良いならば、袋に入れずにザックに取り付けるだけで済みます。板のアタッチメントのついたザックなら3つあります。チケットの受け取りの際に、インフォメーションの人に聞いてみると「カバー?持ってるなら入れたらいいけど、板はそのまま座席の上の棚に載せるか荷物置き場に置けばいいよ。」とのこと。というわけで、あっさり準備は完了です。板にカバーしろと言われた時のために、大型ゴミ袋も完備です。

今日は、仕事をサボりまして(ちゃんとお休み申請しましたけど)、今シーズン初となる板に乗って雪の上に立ってきました!ついでに、人生初、海外スキーです!オーストリアで、スキー!

と、そのことは、明日ちゃんと書くとして、今日はチョコレートについて書きます。
私は怒っている!金曜日の夜から!!!めっちゃ怒っている!!鬼の形相ですよ!!!このブログを読んでいるそこのあなた!!!!あなたにはなんの関係もないっっっっ!!!!!
金曜日の夜、私はラーメンを食べたんですよ。ラーメン。ラーメンですよ。味噌ラーメン。行く前から相当不機嫌でしたけど、大人だから約束通り行きましたよ。行こうと思っていたお店が満員で、ラーメン屋のくせして「予約したの?」ってするわけねーだろ!というのは日本人の感覚ですが、こちらでは、ラーメンも高級食材であり、居酒屋は予約必須のアミューズメントパークなのです。
全身が、星と矢と、氷とひかりの三角四角のあつまりで、さながら教会の玻璃窓です。きらきらする花びらをいっぱいつけた花です。レースのようでもダイアモンドのようでもあります。とはいえ、何よりもまず雪のひとひら自身であって、なかまの誰にも似てはいません。幾百万という雪たちがおなじ吹雪でうまれたわけなのに、それでいて一つとして互いにおなじものはないのです。
「雪のひとひら」 ポール・ギャリコ
雪のひとひらという短い本があります。山に降った雪のひとひら。春になり融けて小川となり、川となり、海に流れ、そしてまた雲の中に吸い込まれて行く。そんな物語です。(だったと思います・・・。)「猫語の教科書」や「ジェニィ」等で有名なポール・ギャリコです。ギャリコって「コ」がつくから女性だと思い込んでたんですよね。読んだのは高校生くらいですから、ポールが男性名だなんて苗字と名前が逆だなんて理解していません。あれ、理解しているはずか・・・。もちろん、ポールですから、おっさんです。それも、こんな可愛い文章を書きそうもないような。

先週木曜日、午後から雪が強まりました。
割ってしまったお皿を買い直そうと、いつもと異なる路線で帰って駅を降りると・・・職場よりも降っていたようで積もった雪が踏み固められた歩道が滑ります。ヒールで歩いてる人など、誰一人としていません。そもそもヒールを履いているおっさんがいないのです。でもお皿を買いに来たのです。目的は達成したい。しかし、これで帰りに転んでまたお皿を割ってしまっては、ネタにしかなりません。流石の私もそこまでネタになるのはなんとか避けたい。慎重に慎重に10cmずつ匍匐前進で帰りました。匍匐してませんけど。

さて、年越しの花火のフライングがあちこちから響き渡っています。日本では個人では上げられないんじゃないの?っていう規模の花火があちこちから上がります。もう少ししたら、年越しイベントに向かってみようと思います。
こちらは、夕方の時点での喧騒です。
職場の食堂のパスタコーナーのおっちゃんが、クリスマスに雪が降ってホワイトクリスマスだったのは2005年が最後でそれ以降ないんだと言っていました。

しかし、今年は11月の中旬から雪が舞ったり少しだけ積もったりしていたので、期待していたのですが、昨日と今日はものすごく暖かいです。少しだけ残っていた雪も全て溶けてしまいました。
“円形融解症候群” の続きを読む土曜日、Belgrade(ベオグラード, Beograd, Београд)行きの電車に乗って、ハンガリーの首都ブダペストに行きました。ウィーンから、電車で2.5時間、ちょっとした日帰り小旅行です。
はて、Belgrade、Beograd、ベオグラード…ってなんだったけ・・・遠い昔、子供の頃によく聞いた名前です。帰ってからWikipediaを見ると、そこは旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の首都でした。1990年代、小学生〜高校生だった頃にテレビで見た印象的な遠い国の出来事の一つが、ユーゴスラビアに関わる一連の紛争でした。現在のベオグラードは、セルビア共和国の首都です。Wikipediaに、ユーゴ紛争について非常に端的にまとめられていました。どのように変遷してきたかは、こちらの図が興味深いです。
1990年近くになると、ソ連国内においてはゴルバチョフ指導による民主化が進み、ルーマニアにおけるチャウシェスク処刑に代表される東欧民主化で東側世界に民主化が広がり共産主義が否定されると、ユーゴにおいても共産党による一党独裁を廃止して自由選挙を行うことを決定し、ユーゴを構成する各国ではチトー時代の体制からの脱却を開始する。また、各国ではスロボダン・ミロシェヴィッチ(セルビア)やフラニョ・トゥジマン(クロアチア)に代表されるような民族主義者が政権を握り始めていた。ユーゴの中心・セルビア共和国では大セルビア主義を掲げたスロボダン・ミロシェヴィッチが大統領となり、アルバニア系住民の多いコソボ社会主義自治州の併合を強行しようとすると、コソボは反発して1990年7月に独立を宣言し、これをきっかけにユーゴスラビア国内は内戦状態となった。 1991年6月に文化的・宗教的に西側に近いスロベニアが10日間の地上戦で独立を達成し(十日間戦争)、次いでマケドニア共和国が独立、ついで歴史を通じてセルビアと最も対立していたクロアチアが激しい戦争を経て独立した(クロアチア紛争)。ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立したが、国内のセルビア人がボスニアからの独立を目指して戦争を繰り返した(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争)。セルビア国内でもコソボ自治州が独立を目指したが、セルビアの軍事侵攻によって戦争となった(コソボ紛争)。その後、マケドニア国内に大量のコソボ地域のアルバニア系住民が難民として押し寄せてたことから、マケドニアにも飛び火した(マケドニア紛争)。
先週、東京に戻った帰りに羽田の書店でことりっぷ(オシャレ地球の歩き方とでも思ってください)を買ってきました。普段は、行き当たりばったりで何も調べずホテルすら直前まで取らずに旅に出てしまうのですが、時々、このような本も参考にします。今回、羽田で目についたので買ってきたのは、クロアチアでした。あの頃、憎しみあい、殺戮しあい、破壊しあった国々の一つが、今はもうことりっぷに取り上げられるほどの観光地になっているのだと思うと、ちょっと胸が熱くなりますが、Wikipediaのクロアチアのページにある「民族浄化の最も成功した例といえる。」の一言に、ぞっとしました。けれどもいつか、この本を片手に旅しなければと思います。

月曜日は、朝起きると路上の車の屋根や、駅舎の屋根が白くなっていました。川沿いにある職場に到着しても雪。ビルの上の階から見下ろすと、雪が上下に舞っていました。昨日の予報では、今日も同じような気温で雪でしたが、小雨でした。積もっていた雪は、溶けました。
1日部屋でパソコンに向かっているのもな・・・と思っていました。クリスマスの電飾も始まったし、もしかして日曜日もクリスマスマーケットってやっているんじゃなかろうか・・・そんな天の声が聞こえました。夕方まで頑張って、夕暮れとともにテクテクと市庁舎方面に歩き始めます。途中、通りかかった美術館前の広場のクリスマスマーケットは、電飾だけが輝いて、お店は全て閉まっていました。諦めずに歩きます。すっかり冬の空気に入れ替わって、とっても寒いです。
市庁舎(Rathaus)に近づくにつれ、見えてくるライトアップされた市庁舎と人の流れ。これは、クリスマスマーケット、やってるな。確信します。
感動〜〜写真で見た景色が目の前に!!!
今週は、前半、ウィーンの街は真っ白でした。窓から何も見えません。いつもは見えるはずの街も、電車も霧の中。週の後半は晴れまして、昨日と今日は夕日がとても綺麗でした。
まだアパート探しをしています。ある人は1件目で決めたと言い、ある人は数ヶ月ずつ3件住んでから4件目で決めたと言い、ある人は6回内見したけどそのうちの1件は同じところだったと言い、ある人は値段で選んだと言い、ある人は大家で選んだと言う。だいたい5件も見たら決まるでしょう〜って感じみたいですが、私は9区、3区、4区、5区、3区、3区、7区、6区、1区・・・。で、まもなく10件目です。ここで、上司である王様に「1区に住むのはどう思います?」って聞いてみたら「Are you crazy?」って大笑いされました。夢の19区はどこへ行ったんだよって。だって見つからないんだもん!!!と逆ギレしました。そんなわけで、内見のためにあちこち歩いていると少しずつウィーンに詳しくなってきました。